© 押見修造/太田出版 ©2017「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」製作委員会
『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』"格好悪い"が"カッコイイ"に反転する魔法。個性的な青春映画の傑作
2018.07.14
『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』"あらすじ
高校一年生の志乃は上手く言葉を話せないことで周囲と馴染めずにいた。ひとりぼっちの学生生活を送るなか、ひょんなことから同級生の加代と友達になる。音楽好きなのに音痴な加代は、思いがけず聴いた志乃の歌声に心を奪われバンドに誘う。文化祭へ向けて猛練習が始まった。そこに、志乃をからかった同級生の男子、菊地が参加することになり・・・。
Index
映画に恋する感覚
映画に恋をする、という感覚を久々に味わった。2017年ベルリン国際映画祭の審査員長を務めたポール・ヴァーホーヴェンが金熊賞の『 心と体と』を評して「審査員みんなが恋をした」と言い、今年のカンヌ国際映画祭では審査員のドゥニ・ヴィルヌーヴがパルムドール受賞の『 万引き家族』に「恋に落ちてしまった」とコメントするなど、あるいは陳腐化しつつある表現なのかもしれないが、それでもやはり“恋”という感覚がしっくりくる。観るたびに胸がいっぱいになり、目頭が熱くなる。観ていないときも作品のことを、登場人物たちのことを想う。
『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』のストーリーは比較的シンプルだ。人と話すと言葉がつっかえてしまう志乃。ギターを弾くが歌うと音程を外す加代。空気を読めない言動で空回りする菊地。高校1年の新学期、3人はクラスで孤立する。校内に居場所のない志乃と加代は、校舎の裏でのちょっとした出来事がきっかけで友達になる。志乃が歌ならつっかえずに歌えることを知った加代は、一緒にバンドを組もうと誘う。志乃が歌い加代がギターを弾く「しのかよ」は秋の文化祭に向けて猛特訓を始めるが、2人の路上ライブをたまたま見かけた菊地が、自分もバンドにまぜてと言い出す。
『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』© 押見修造/太田出版 ©2017「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」製作委員会
新しい環境にうまく馴染めず、疎外感を味わったこと。勉強や運動ができなかったり、容姿や性格にコンプレックスがあったりして、引け目を感じたこと。心ない言葉や振る舞いで人を傷つけてしまったこと。大切に思う相手から受け入れられなかったこと――。多感な時期にたいていの人が経験したであろう苦しさ、つらさ、切なさがリアルに迫ってくる。だが、そうしたネガティブな体験があるからこそ、心が通う友達できたときの幸せ、何かに夢中になることの楽しさ、自らの成長に気づいたときの喜びが一層輝く。