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  4. 不器用な青春を照らす“音楽”という名の光『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』 ※注!ネタバレ含みます。
不器用な青春を照らす“音楽”という名の光『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』 ※注!ネタバレ含みます。

不器用な青春を照らす“音楽”という名の光『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』 ※注!ネタバレ含みます。


劇中歌の有機性、劇伴の役割



 『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』の映画化に際し、劇中歌として追加された既成曲は『翼をください』『世界の終わり』『青空』の3曲。原作の世界観と、『あの素晴しい愛をもう一度』および『魔法』との親和性が高いという点で、これらは秀逸な選曲と評価できる。


 カラオケボックスで加代に促され、志乃が初めて歌声を聞かせる『翼をください』も、学校で習う合唱曲として馴染み深い歌だ。『あの素晴しい愛をもう一度』と同じ1971年に、フォークグループの赤い鳥がシングルB面として発表した。


 「悲しみのない自由な空へ」飛んでいくための「翼をください」と願うこの歌は、言うまでもなく、世界が不自由で悲しみに満ちていることを表している。その苦しみの深さゆえに、「翼」という非現実的な手段を切望するしかない。こうした詞の要素は、「みんなと同じに喋れる」志乃の願い、「みんなと同じに歌える」加代の願いをかなえる「魔法をください」と望む『魔法』の歌詞に受け継がれたと考えられる。




 ミッシェル・ガン・エレファントのメジャーデビュー曲『 世界の終わり』(1996)は、「君」との破局を「僕」が予期している歌。「君」が口にする「世界の終わり」は喪失の重さを表しつつ、運命を受け入れる諦念は『あの素晴しい愛をもう一度』の作詞者の北山による分析に通じる。


 そして、THE BLUE HEARTSが1989年に発表した『青空』。この曲の主題が端的に表れているのは、サビの「生まれた所や皮膚や目の色で いったいこの僕の何がわかるというのだろう」という部分で、出自の違い、外見の違いで差別される現実へのストレートな反発だ。拡大解釈するなら、個性を尊重せず協調性と画一性を押しつける親、教育、社会に対する「ノー」であり、これはまさに映画の重要な要素でもある。


 『青空』には、「運転手さんそのバスに僕も乗っけてくれないか 行き先ならどこでもいい」というフレーズも出てくる。この情景は、押見が『魔法』の歌詞「バスに乗ろう」の下敷きにしたという、映画『ゴーストワールド』のラストシーンとも重なる。




 新米フォークデュオの〈しのかよ〉にふさわしく、メロディーがキャッチ―で歌いやすい楽曲が選ばれたのとは対照的に、まつきあゆむ(作曲、演奏)と緑川徹(音楽プロデューサー)が制作したBGMは、敢えて旋律を強調しない作りになっている。具体的には、アコースティックギターやピアノによる和音弾き(分散和音を含む)が主体で、細かく刻むのではなく長めの音符を鳴らすことにより、和音の響きで情感を慎ましく伝える。


 こうした制作方針はおそらく、劇伴が必要以上に主張しないように、という配慮に基づくものだろう。主旋律が雄弁に語るようなBGMだったなら、演出過多なメロドラマになってしまったかもしれない。本作の中心に流れるのはあくまでも登場人物の感情であり、劇伴はそれに寄り添うように存在するのが望ましい。素朴で、じわりと心に染み込んでくるサウンドトラックもまた、映画の空気に色を添える重要な脇役なのだ。



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