従来のホラー映画の矛盾を逆手に取った抜群のアイデア
従来のPOV、モキュメンタリー作品が越えられなかった「壁」、それは「登場人物がカメラを回し続ける動機」だ。必然性と言い換えてもいい。POVの多くは、「登場人物が自分で撮影した映像を編集してお見せしております」という体裁をとることが多いが、迫真性を追求すればするほど、怪物やゾンビに追いかけられたり、死にそうになっている状況で、「なぜカメラを回し続けるんだ?」という疑念が観客の中に生まれてしまう。それを解決するために、制作者は様々な理由をひねり出し、登場人物に説明させてきた。曰く「研究のため」「記録するよう上官に命令された」「世界の人に伝えるため」。しかし、やはり見ているこちらは、こう思ってしまう・・・「カメラを止めて逃げればいいのでは?」。これがPOV手法が抱えこんだ自己矛盾だが、『カメラを止めるな!』は、そのタイトルが示す通り、カメラを止められない理由が明快に納得できる形で存在する。・・・しかし既に、映画をご覧になった方は、ここまで読み進めてきて、あることにお気づきだろう。『カメラを止めるな!』はPOVというジャンルに当てはまらないのでは?と。
『カメラを止めるな!』(C)ENBUゼミナール
実は『カメラを止めるな!』は観初めた当初はPOVのように見えるのだが、映画が進むうちに、映像を誰が撮影しているのか、全く言及されないことに気づく。では、これはPOVではなく、完全な客観的なカメラによって、ワンカットでゾンビ禍を見せ切るという手法なのか。しかしそうとも言い切れない。なぜなら、途中で登場人物が明らかにカメラを意識するカットがあるからだ。実はそれが、この映画に仕掛けられた最大のトリックであり、POVが抱え込んだ矛盾を逆手に取った革新的アイデアだ。
しかも、そのアイデアによって、「POV風」、「ワンカット長回し」などの手法にこれ以上ないほどの必然性が与えられ、かつドラマ自体の駆動力にもなっている。
ともすると長回しやPOVは単にケレン味のため、時には予算削減のために用いられてきたが、その手法がここまでドラマと密接にリンクし、精密な歯車のように噛みあった例を筆者は他に知らない。この発明だけでも同作は映画史にその名を刻まれるべきだろう。
同作の成功の多くは脚本と編集の構成力に負う所が大きいが、監督の上田は撮影を振りかえりこう語っている。
「この映画はフィクションだけど『あの夏の僕たちのドキュメンタリー』でもあるわけです。」
『カメラを止めるな!』(C)ENBUゼミナール
上田とスタッフ、キャストたちは、37分ワンカットのシーンを撮影するために、もちろん何度もリハーサルを重ね、本番は2日しか猶予がなかったという。
ウソから出たマコト。モキュメンタリーとドキュメンタリーの狭間で生まれた傑作。私の筆力ではこれ以上ネタバレを避けて説明することは不可能だ。未見の方は是非劇場で「事件」として記憶されるべきこの作品を体験して頂きたい。
文:稲垣哲也
TVディレクター。マンガや映画のクリエイターの妄執を描くドキュメンタリー企画の実現が個人的テーマ。過去に演出した番組には『劇画ゴッドファーザー マンガに革命を起こした男』(WOWOW)『たけし誕生 オイラの師匠と浅草』(NHK)など。現在、ある著名マンガ家のドキュメンタリーを企画中。
『カメラを止めるな!』
2018年6月23日(土)より新宿K’s cinema、池袋シネマ・ロサにて公開!
配給:ENBUゼミナール
(C)ENBUゼミナール