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『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』米大統領選に翻弄されながらも、作り手たちが貫いた想い

『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』米大統領選に翻弄されながらも、作り手たちが貫いた想い

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短絡的な演出に逃げ込まず、登場人物の人間性を丁寧に描く



 もしかするとこの映画は、一つの方向性として、ビリー・ジーン・キングとボビー・リッグスの対決をもっと意図的に、「クリントンVSトランプ」の写し鏡として見せることもできたのかもしれない。だが、ジョナサン・デイトン&ヴァレリー・ファリス監督はそういった紋切り型の解釈や短絡的な演出に逃げ込む選択をあえて避けたようにも思える。


 そもそも世の中というものはそんな単純化されたものではなく、色々な要素が複雑に絡まり合って成り立っているもの。そのことを象徴するかのように、ビリー・ジーン・キングとボビー・リッグスは、それぞれに悩みや葛藤を抱えた人物として深みを持って描かれた。本作は何も歴史的なエキシビジョン・マッチのみを描くだけでなく、彼ら主人公たちが背負った人生を丁寧に紐解き「人間そのもの」を見つめようとしたのである。




 これに加えて本作では「ボビー・リッグスを決して悪者として描かない」という点が貫かれている。


 脚本家のサイモン・ボーフォイは、ビリー・ジーン・キングへの取材を進める中で、彼女がボビー・リッグスのことを宿敵や男性至上主義者などではなく、むしろ「愛すべき人」として受け止めていたことを知って驚いたという。お騒がせ者の彼のことを、みんな嫌ってなどいなかった。それどころか、一人の卓越したテニスプレイヤーとしても心から尊敬していた。




 何よりも、彼女が戦っていた真の相手はリッグスではなく、むしろ「女性よりも男性の方が優れている」という世の中の定説そのものだった。キングとリッグス。それぞれに思惑の違いこそあれ、この決戦の場に世界中からの注目を集めようと奮起した点において、彼らは言うなれば「戦友」のような間柄ですらあったのかもしれない。



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