『ボストン市庁舎』あらすじ
多様な人種・文化が共存する大都市ボストンを率いるのは、アイルランド移民のルーツを持つ労働者階級出身のマーティン・ウォルシュ市長。2018~19年当時のアメリカを覆う分断化の中、「ここではアメリカ合衆国の問題を解決できません。しかし、一つの都市が変われば、その衝撃が国を変えてゆくのです。」と語る市長と市職員たちの挑戦を通して「市民のための市役所」の可能性が見えてくる。
Index
- 世界最高峰のドキュメンタリー映画作家、フレデリック・ワイズマン監督のエントリーモデルとして
- ダイレクト・シネマ流儀の映像素材に“語らせる”スタイル
- 当時のボストン市長、マーティン・ウォルシュが映画に刻んだ「理想」の形
世界最高峰のドキュメンタリー映画作家、フレデリック・ワイズマン監督のエントリーモデルとして
1930年1月1日生まれ。まもなく95歳になる米マサチューセッツ州ボストン出身のフレデリック・ワイズマン監督は、最長寿かつ世界最高峰のドキュメンタリー映画作家として、紛れもなく別格の存在感を放ち続けている。2023年の最新作『至福のレストラン/三つ星トロワグロ』では、自身の生年と同じ1930年に創業したフランス料理界屈指の名店「トロワグロ」にカメラを向けたが、これは彼のフィルモグラフィーからすると、ある種番外編といった趣(とはいえ珠玉の大傑作だが)。基本的には母国であるアメリカの実相を、半世紀以上にわたって批評的に捉えてきた社会派のシネアストだ。例えば今年(2024年)9月21日から10月11日まで東京のシアター・イメージフォーラムで催された特集上映には、「フレデリック・ワイズマン傑作選<変容するアメリカ>」とのタイトルが付けられていた。
精神異常犯罪者を収容する州立刑務所マサチューセッツ矯正院の日常を捉えた1967年の伝説のデビュー作『チチカット・フォーリーズ』から、ワイズマン監督は現在まで50本近いドキュメンタリー映画を発表している(現時点で上映可能なのは計44本)。その中から彼の作品を未体験の方々にお薦めしたいエントリーモデル――ワイズマン入門にも最適な最初の1本として、90歳で発表した近作、2020年の『ボストン市庁舎』(原題:City Hall)を挙げたい。内容はその名の通り、1968年に竣工されたボストンの新市庁舎(Boston City Hall)の様子を中心に、米東海岸有数の大都市における地方自治体の独自の活動を記録したもの。撮影は新型コロナウイルスのパンデミックの前だった2018年秋と2019年冬。ワールドプレミア上映は2020年9月に第77回ヴェネツィア国際映画祭アウト・オブ・コンペティション部門で行われ、フランスの映画誌「カイエ・デュ・シネマ」では2020年度ベストテンの第1位に選出された。
『ボストン市庁舎』© 2020 Puritan Films, LLC – All Rights Reserved
ボストンはワイズマンが生まれた地元でもあるわけだが、しかし数多い行政機関の中で、同市を選んだのは別に自らの生誕の地だからではない。ワイズマンは撮影する市役所を決めるにあたって、アメリカの名市長についての新聞記事を読んだ。そのうえで6つの都市にオファーを出し、唯一返事をくれたのが当時在任中だったボストンのマーティン・ウォルシュ市長だったという。
1967年ボストン生まれのマーティン・ウォルシュは、アイリッシュ系の労働者階級の家庭出身。民主党からボストン市長に立候補し、2013年に当選。続いて2017年に再選。計8年の任期を務めたあと、2021年3月22日をもって市長を退任。その後はジョー・バイデン政権で労働長官(第29代)を務めていたが、2023年3月11日付けで辞任。バイデン政権で初の閣僚の辞任と話題になった。現在は政界から離れ、ナショナルホッケーリーグ(NHL)の選手たちの労働組合であるナショナルホッケーリーグ選手協会(NHLPA)の事務局長を務めている。