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『ファントム・スレッド』これがポール・トーマス・アンダーソン流、デザイナーとモデルの関係性

(C) 2017 Phantom Thread, LLC. All Rights Reserved.

『ファントム・スレッド』これがポール・トーマス・アンダーソン流、デザイナーとモデルの関係性

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ヴィッキー・クリープス演じるモンスター、アルマ



 ある日、コレクションを終えたレイノルズは疲れをいやすため、別荘のある郊外に足を向ける。朝食をとりに入った地元のレストランで、彼は一人の女性に目を留める。移民で訛りのある英語、ふくよかな肉体に、化粧っけのない素朴な女性。そのアルマは、気難しいレイノルズの注文の細かいオーダーを完璧に覚え、フランクな笑顔で対応する。レイノルズは彼女にモデルとしての存在価値を見出し、ロンドンに連れ帰って、看板モデルとして起用する。粗野な田舎娘が、あっという間に磨かれ、レイノルズの丹精込めたドレスで着飾り、美しく輝いていく。ついには求愛され、妻の座も手に入れる。まるでこれは、シンデレラストーリー。


 が、めでたし、めでたしとならないのは、レイノルズには母代わりであり、恋人のようでもある共同経営者の姉シリルがいること。また、レイノルズ自身、心に固い殻をまとい、アルマの望むような夫婦関係を築けない。



『ファントム・スレッド』(C) 2017 Phantom Thread, LLC. All Rights Reserved.


 果たしてアルマはレイノルズの片腕になれるのか。PTAは物語の語り口として、ヒッチコックの有名なサスペンス『レベッカ』や『めまい』、『断崖』、他には『ガス燈』などを想起したという。確かに、映画には常に緊張感が漂い、この三角関係がどう転んでいくか予測できない(PTAによると、『レベッカ』のヒロインを演じたジョーン・フォンテインと、その姉でやはり人気女優だったオリヴィア・デ・ハヴィランドの母の愛を巡る三角関係、ならびに映画の神の愛を競う三角関係を投影させているという)。ヒッチコックの映画は、運命にいたぶられる女性を眺める被虐性と可逆性をどこか観客に自覚させる罪作りな作風だけれど、PTAの場合、いじめられていたアルマが途中からが猛然と反逆していくのが興味深い。財産もない、飛びぬけた美貌も教養も知性も持ちえない。そんな女性が輝くばかりのドレスを身に着けることで、過剰な自信とプライドを蓄積し、やがては素晴らしい天才デザイナーの代わりとばかり、夫と同じように振舞っていく。ドレスが作ったモンスター、つまりはレイノルズが作ったともいえる女性である。



『ファントム・スレッド』(C) 2017 Phantom Thread, LLC. All Rights Reserved.


 アルマ役に選ばれたのはオーディションで選ばれたヴィッキー・クリープス。ルクセンブルク出身で、スイスのチューリッヒ芸術大学で演技を学んだ新鋭で、この作品での抜擢で、国際的なスターへと道を進みつつある。三度のオスカー受賞者であるダニエル・デイ・ルイス相手に、少しも引けを取らぬ、綺麗なだけではない女性を演じきった力量に脱帽である。 




文: 金原由佳(きんばら・ゆか)

映画ジャーナリスト。「キネマ旬報」「装苑」「ケトル」「母の友」など多くの媒体で執筆中。著書に映画における少女性と暴力性について考察した『ブロークン・ガール』(フィルムアート社)がある。『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)、『アジア映画の森 新世紀の映画地図』(作品社)などにも寄稿。ロングインタビュー・構成を担当した『アクターズ・ファイル 妻夫木聡』、『アクターズ・ファイル永瀬正敏』(共にキネマ旬報社)、『伝説の映画美術監督たち×種田陽平』(スペースシャワネットワーク)などがある。


作品情報を見る




『ファントム・スレッド』 ブルーレイ+DVDセット

発売元・販売元:NBCユニバーサル・エンターテイメント

発売日:11月7日 価格:3,990円+税

公式サイト:http://www.nbcuni.co.jp/movie/sp/phantomthread/

(C) 2017 Phantom Thread, LLC. All Rights Reserved.

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