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『暁に祈れ』徹底したカメラワークで観客を地獄の刑務所に叩き込む、言葉を失う凄まじい臨場感

(c) 2017 - Meridian Entertainment - Senorita Films SAS

『暁に祈れ』徹底したカメラワークで観客を地獄の刑務所に叩き込む、言葉を失う凄まじい臨場感

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劇的効果をもたらしたハンディカメラと長回し



 特筆すべきは、フランス人監督ジャン=ステファーヌ・ソヴェールが用いたハンディカメラによる撮影手法だ。カメラはほぼ常時、至近距離でビリーの動きを追い続け、ほぼ全編が1シーン1カットの長回しで撮影されている。そうすることによって、俳優は感情を途切れさせることなく1シーンを演じ切ることができ、観客はビリーの心の動きを近くで感じながら、彼の側から一歩も離れられないのだ。サウンドエンジニアでもあるソヴェールが、前以て録音したビリーの呼吸や吐息を効果的に画面に挿入することで、彼の息づかいを観客の耳に吹きかけ、画面と客席の距離はさらに縮まる。映像と音の連動は絶妙で、観る側は気が付くと息苦しさを忘れ、一種の快感すら感じるようになる。まるでビリーに拘束されたような感覚に陥るのだ。主人公の動きと心理の変化がここまで生々しく感じられる映画は近頃珍しいのではないだろうか。



『暁に祈れ』(c) 2017 - Meridian Entertainment - Senorita Films SAS


 撮影は廃墟となったタイで最も古い刑務所を改装して行われている。セットがホンモノなら、キャスティングされた囚人のほとんどが過去に殺人や麻薬所持で10年から20年食らったホンモノの囚人たちだという。だからか、彼らが発する負のオーラと、体に刻印された入れ墨が物語る荒々しくも物悲しい歴史が、問答無用の威圧感を与えている。劇中、ビリーになり切るためにトレーニングで筋肉を纏い、ボクシングとムエタイの特訓を受けて撮影に臨んだイギリス人俳優、ジョー・コールの白い体が、絶え間ない暴力によってアザだらけになって行く。褐色の中にただ一人白い肌が混じる色彩の対比も効果的だ。



『暁に祈れ』(c) 2017 - Meridian Entertainment - Senorita Films SAS


 絶望的な世界の中で散々もがき苦しんだビリーは、やがて、刑務所内のボクシングチームへの参加を許され、ムエタイ選手としてようやく人間としての道筋を見出していく。そこに至るまでの2時間弱を、徹底したカメラワークで見事に描き切った映画は、同時に、映画という映像芸術に於いて、台詞で状況を説明することの無意味さを、改めて我々に痛感させる。使われるのは意味不明のタイ語と少しの英語だけなのに、物語るドラマは饒舌にして、凄まじい吸引力で観客を虜にするのだ。



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