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『イン・ディス・ワールド』現実を侵食するフィクション。もはやリアルを超えたドキュメンタリーテイスト

(c) Photofest / Getty Images

『イン・ディス・ワールド』現実を侵食するフィクション。もはやリアルを超えたドキュメンタリーテイスト

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現実を侵食した、ドキュメンタリーのようなフィクション



 主人公の2人を演じたジャマールとエナヤトゥーラの役名は、劇中でもジャマールとエナヤトゥーラだ。いや、役名というより、限りなく自分自身を演じているのだ。彼らは演技経験のないホンモノの難民で、ジャマールにいたっては難民キャンプで生まれその周辺しか知らずに育った。ウィンターボトムは「ジャマール本人は14歳か15歳だと言っていたが、彼らは誕生日を祝わないし、正確なところはよくわからない」と語っている。


 ジャマールが選ばれたのは、頭がよくて気が利いて、なおかつ英語が話せたからだった。対するエナヤトゥーラは英語ができず、年上のお目付け役でありながら旅の最中はあまり役に立たない。幼いジャマールがイニシアティブをとってしまうあべこべな関係性を狙う監督の意図によるものだった。2人は実際には従兄弟同士ではなく、フィクションとしてのこの凸凹コンビを設定したことがウィンターボトムの最大のお膳立てだったと言える。


 劇中で描かれる出来事の大半は、事前にウィンターボトムと脚本家のトニー・グリソーニがリサーチ旅行をした実体験に基づいている。10名に満たない小さな撮影隊は、パキスタンからイギリスに向かうルートを再びたどり、難民であるジャマールとエナヤトゥーラを国境越えさせるために密入国の仲介人に頼ることもあった。途中で武装勢力に検問されるシーンでは、実際に検問をしていた兵士に出演を依頼した。


 面白いのは、ウィンターボトムらは「トルコ国境で出会った一家に捕まって窮地に陥る」という展開を想定していたのに、現地ではとても親切な一家しか見つからず、結局、地元の人に親切にされるシーンになったというエピソード。目の前にある現実に合わせて白にでも黒にでもなる、なんとフレキシブルでフリーダムな映画作りであろうか。


 ウィンターボトムは当初、難民の人たちが新天地を求めて遠大な距離を旅する姿は、さぞや雄大なロードムービーになるだろうと思っていたという。ところが実際に難民たちの取材をしても、ジャマールとエナヤトゥーラを観察していても、彼らは驚くほど旅の過程に興味を示さなかったのだそうだ。


 彼らにとって「旅」はただ目的地に着くための移動でしかない。そう認識したウィンターボトムは、映画のトーンをジャマールとエナヤトゥーラ本人のテンションに合わせることにする。結果『イン・ディス・ワールド』には、観光映画的な側面がまったくと言っていいほどない。お調子者のジャマールはジョークを言い続け、エナヤトゥーラは戸惑いと不安をだだ漏れにしながら、ただただ密入国業者の手引きに従って移動を続ける。苛酷さと危険に晒されながらも緩慢な時間が淡々と流れていく感覚は従来の劇映画にはなかったものだ。



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