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『イン・ディス・ワールド』現実を侵食するフィクション。もはやリアルを超えたドキュメンタリーテイスト

(c) Photofest / Getty Images

『イン・ディス・ワールド』現実を侵食するフィクション。もはやリアルを超えたドキュメンタリーテイスト

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もともとのタイトルは「シルクロード」だった?



 『イン・ディス・ワールド』のタイトルで公開された本作だが、実は何度か変更されている。当初このプロジェクトは『シルクロード』と呼ばれていた。かつて商人は中国の絹をヨーロッパにもたらすためにユーラシア大陸を横断した。現代では、中東やアフリカの難民が平和や豊かな生活を求めてヨーロッパに押し寄せている。ウィンターボトムは難民たちがたどるルートを“現代のシルクロード”だと考えたのだろうか?


 いや、実は『シルクロード』は世間の目をくらますカムフラージュだった。なにせこの映画の撮影はほぼゲリラ撮影。訪れた国々では不法な行為も必要となるし、政情不安定な地域ではどんなトラブルが起きるかわからない。何か起こった際に「僕たち、シルクロードのドキュメンタリーを撮ってます!」と言い張るためにタイトルを『シルクロード』にした、というのである。上手い頓智というべきか、小学生レベルの詭弁というべきか。


 そして撮影終了した後になって、ウィンターボトムが予測しなかった事態が起きる。出演料を受け取ってパキスタンに帰ったはずのジャマールが、難民として再びロンドンに現れたのだ。映画の中のストーリーを現実のジャマールがなぞったわけだ。


 ウィンターボトムは、あくまでもフィクションであるはずだった作品にジャマールの現実を組み込むことに決める。ラストシーンの後、ジャマールはロンドンで難民保護申請をしたが却下され、18歳までの滞在を認められた旨がクレジットで伝えられるのだ。(今では30歳に近いはずのジャマールがどうしているのか、数年おきに調べてみるのだがその後の消息はよくわからない)


 そこでウィンターボトムは、イギリスの役所でのジャマールの難民申請のファイルナンバー「M1187511」をタイトルにしようと考えた。が、ジャマールの思いがけないひと言がその案を捨てさせることになる。


 劇中、エナヤトゥーラは旅の途中で命を落とす。ジャマールはロンドンからパキスタンに電話をかけ、家族にエナヤトゥーラの死を伝える。そのシーンの英語字幕をチェックしていたジャマールが「Death」という言葉が使われていることに異を唱えたのだ。「僕は彼が死んだとは言ってないよ、彼はもうこの世界にいない(He is no longer in this world)って言ったんだ。」


 その言葉を象徴的に感じたウィンターボトムは、映画のタイトルを『イン・ディス・ワールド』に決めたのだという。『シルクロード』か『M1187511』か、それとも『イン・ディス・ワールド』か。あなたが思うベストのタイトルはどれでしょうか?




文: 村山章

1971年生まれ。雑誌、新聞、映画サイトなどに記事を執筆。配信系作品のレビューサイト「ShortCuts」代表。



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(c) Photofest / Getty Images 

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