2017.08.31
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2000年代初頭にデジタル撮影がもたらした機動力革命
イギリスの俊英監督マイケル・ウィンターボトムが2002年に発表した『イン・ディス・ワールド』は、パキスタンの難民キャンプの少年ジャマールと従兄弟の青年エナヤトゥーラが、イギリスに(不法に)移民しようとロンドンを目指して6,400キロを旅するロードムービーだ。ベルリン国際映画祭では最高賞の金熊賞に輝いたが、おそらく金熊賞史上一番小さな規模で撮影された映画だったろう。ウィンターボトムは実際に難民キャンプに赴いて主演の2人を見つけ出し、劇中で描かれているルートをたどりながら小型のデジタルビデオで撮影したのだ。2人が旅先で出会う役を演じるキャストは現地で調達し、クルーは監督を含めて5、6名だったと聞く。
まるでバラエティ番組の突撃ロケである。最近では『タンジェリン』(2015)のようにiPhoneだけで撮影された映画も公開されているが、当時はウィンターボトムのような名のある監督のゲリラ的アプローチは驚きを持って迎えられた。絵のクオリティより臨場感を優先し、状況によっては何が起きているのかも判別できないが、それでも難民たちの苛酷な旅のリアルをみごとに捉えていた。
奇しくも同年、スティーブン・ソダーバーグは全編デジカメ撮影と即興演技という実験作『フル・フロンタル』を発表している。彼らのようなフットワークの軽い監督が、デジタル撮影という新技術がもたらす機動性の高さに可能性を見出したのは必然だったろう。ウィンターボトムは『イン・ディス・ワールド』以降ドキュメンタリー的なアプローチを様々なジャンルに応用し、ソダーバーグは最近iPhoneだけで撮影する映画作りに挑戦したそうである。スタンスにブレがない。