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『イン・ディス・ワールド』シンクロする視点が突きつけてくる現実

(c) Photofest / Getty Images

『イン・ディス・ワールド』シンクロする視点が突きつけてくる現実

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苛酷な現実を知ったその先に見えてくるものとは?



 『13歳の夏に僕は生まれた』の物語は、後半に入って大きく転調する。姿を消したアリーナからサンドロに「助けて欲しい」と連絡が入るのだ。13歳のサンドロにとって、アリーナは恋の相手なのか、自分を助けてくれた大切な友人なのか。ともかくサンドロは彼女を救い出そうと、たった一人で家を出る。そしてたどり見つけ出したのは、ラドゥによって娼婦にされてしまったアリーナの姿。まだ幼さの残る2人が手に手を取って逃亡を図る。一歩間違えばエキサイティングなチェイスムービーにもなり得る展開だ。


 この映画が凄いのは、売春の巣窟になっている建物から逃げ出したところで、ぷつんと糸が途切れるように終わってしまうこと。この映画でサンドロが犯す危険を現実離れしていると感じる人はいるかも知れない。サンドロは、アリーナからのSOSに応えて遠いミラノに向かい、みごと囚われのヒロインを救い出すのだ。しかし道端で2人は途方に暮れる。マックスは持っていたパニーニをアリーナに分け与え、2人の先行きを暗示させることなく物語は幕を閉じるのである。


 おそらく13歳のサンドロは、自分に成しえる最大限のことを実現した。平穏無事に生きてきたお坊ちゃんが、不法移民という存在に触れ、知らなかった世界の一端を知り、自分にできることを模索して、大切な人を救い出すのだ。こんなことは映画でしかありないかも知れない。ただしジョルダーナ監督は、サンドロに13歳にできないことは決してさせていない。ひとりの13歳が抱え込むには難民問題は大きすぎる。唐突なラストは作り手の誠実さの表れでもあるのである。


 『イン・ディス・ワールド』と『13歳の夏に僕は生まれた』は、どちらも荒れ果てた世界の片隅にいる名もない個人にスポットを当てて、より大きな世界の在り方を問うている。こじつけるようだが、太平洋戦争下の庶民の生活を描いた傑作アニメ『この世界の片隅に』の英語タイトルが『In This Corner Of The World』であり、奇しくも『イン・ディス・ワールド』に似ていることも、ただの偶然の一致ではないような気がしてくる。これらの映画は同じスタンスを共有している。マクロな視点とミクロな視点、どちらかが欠けてしまっては、見えるものも見えてこないのである。




文: 村山章

1971年生まれ。雑誌、新聞、映画サイトなどに記事を執筆。配信系作品のレビューサイト「ShortCuts」代表。



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