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『ギフト 僕がきみに残せるもの』秀逸なドキュメンタリー映画へと生まれ変わった、子供へのビデオレター。

『ギフト 僕がきみに残せるもの』秀逸なドキュメンタリー映画へと生まれ変わった、子供へのビデオレター。

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    アイス・バケツ・チャレンジの発起人とは?



     2013年から2014年、世界各国の著名人が突如、バケツに入った氷水を浴びてはSNSにその姿を投稿するというムーブメントが沸き起こった。FacebookのCEO、マーク・ザッカーバーグより指名されたマイクロソフトの元会長、ビル・ゲイツが大掛かりな装置を作って氷水を頭から浴びる映像などは世界中のニュースで配信されたので、鮮やかな記憶を持つ人も多いかと思う。このアイス・バケツ・チャレンジは筋萎縮性側索硬化症 (ALS) の研究を支援するために行われたもので、それまで必ずしも認知度が高いと言えなかったこの病気のことを世の中に広く知らしめると同時に、多くの寄付金を集めるきっかけにもなった。


     ところで、この運動はもともと誰が始めたのか。実はこの運動の発起人が、ドキュメンタリー映画『ギフト 僕がきみに残せるもの』の主人公、スティーヴ・グリーソンである。


     1977年生まれのスティーブはワシントン州立大学のアメリカンフットボール部の花形選手で、卒業後はNFLのニューオーリンズ・セインツで2000年から2008年までプレーをした。アメフトの選手としては小柄な体型ながらケガも恐れぬ果敢なアタックで知られた選手だ。


     中でもあるプレーによって彼は歴史を刻む選手となった。2005年、ニューオリンズはハリケーン・カトリーナで壊滅的な被害を受けた。セインツの本拠地であるルイジアナ・スーパードームには何万人もの避難民が集まり、またドーム自体も被害を受けて、セインツは練習も試合もできなくなってしまう。改修工事を経て、翌年の9月25日、セインツが災害後初めてスーパードームに戻ってきた試合。そこでグリーソンはボールが蹴られた瞬間、猛スピードで相手パンターの足元に飛び込み、パント・ブロックを決めたのだ。それによって敵方のボールを奪って、セインツはタッチダウン。対戦相手はそれまで負け知らずのファルコンズだったので、スタジアムは大歓声で揺れ、グリーソンはニューオリンズの復興の象徴となったのだ。


     そんな勇気、体力に恵まれたアメフト選手が引退後、30代の若さで突然、ALSと診断される。アメリカでは医療制度の関係でALSは平均余命が2年から5年といわれており、彼も同様の宣告を受けるのである。奇しくも妻が第一子を妊娠中で、そこで彼は決意する。自分が喋れる間、できる限り、生まれてくる子どもにビデオレターを撮り貯めることを。



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