アダム・ドライバーの過去が、主人公パターソンの二面性を強化する
さて、アダム・ドライバー演じるバスドライバー、パターソンは寡黙な人で、その日常は詳細につづられるが、彼がどういう人で、どういう過去を送ってきたのかはほとんど言及されない。だが、ふとした瞬間に、パターソンのおそらくタフであった過去が少し垣間見えるのだ。例えば、彼の家には、アメリカ海兵隊時代のパターソンの写真が二度写される。今は穏やかに暮らす彼だが、その昔は、相当キツい訓練の日々、もしくは実戦の経験があったのかもしれない、そんな想像が膨らむのも、パターソンが行きつけのバーで、彼女にフラれた腹いせに銃を持って常連客が乱入してきたとき、瞬時の早業で、その客をねじ伏せてしまうからである。それも、本人無意識に、頭より先に体が動くという趣で。
アダム・ドライバー自身、海兵隊にいた過去がある。それも911のアメリカ同時多発テロがきっかけで入隊しているのである。この時代の経験を語ったトーク番組「 TED TALK」にあるように、彼自身はプライベート中のマウンテンバイクの事故で退役を余儀なくされ、民間への移行期に非常につらい思いをしたと語っている。そのとき、大きな武器になったのが自己表現であり、名門ジュリアード音楽院に入学し、演劇を学ぶのである。もし、彼が怪我をしていなければ、高確率でイラク戦争には参加したであろう。ジャームッシュのことだから、パターソンはアダムのもう一つのアバターとして、イラク戦争に行って退役したという可能性もどこか計算していたのではないか。とすると、イラクとお隣のイランの女優であるゴルシフテ・ファアハニを起用したことも、大きな意味があるのではないだろうか。