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フォントファンのためのフォント萌えをするフォント映画。ジム・ジャームッシュ『パターソン』

フォントファンのためのフォント萌えをするフォント映画。ジム・ジャームッシュ『パターソン』

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土地に埋もれるカルチャーを鮮やかに掘り起こす作家、ジム・ジャームッシュ


 若い時から老成し、年を取ればその老いを感じさせず、映画の中で熟成と若さを自由自在に提示し続ける作家。

それが、ジム・ジャームッシュである。

 彼が描く日常は、地球の時系列からいつもふっと浮遊した軽やかさをたたえる。20代の時からシルバーグレイのどこか仙人のような風貌で、彼の視線を通した風景は、そこが今、経済的には落ち込み、どこか荒れている地であっても、その土地が紡いできた時間と文化の豊かさを浮かび上がらせる。例えば若き永瀬正敏と工藤夕貴がメンフィスに埋もれるプレスリー伝説に触れるために、日本からはるばる出かけていく『ミステリー・トレイン』。この映画の中では、メンフィスに全く知識も思い入れもなく飛行機トラブルのせいで仕方なくこの地に舞い降りてしまうことになる人物も出てきて、永瀬・工藤カップルの精神的な高揚ぶりと好対照を見せる。

 『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ』も最初の入口は、自動車産業が廃れ、荒廃したデトロイトでひっそりと暮らす匿名のアンダーグラウンドミュージシャンの物語に見えるが、実は彼はヴァンパイアで、さらにさかのぼると29歳で刺殺されたという中世のイギリスの劇作家で詩人であるクリストファー・マーロウ(1564~93)であることがわかってくる。マーロウは29歳で死んだとされているが、実はウィリアム・シェイクスピアとして生き直したという伝説もあり、彼の長い長い人生と知性を通すと、デトロイトの荒廃した風景も、また違った価値を持ったものに見えてくる。

最新作『パターソン』は詩をモチーフにした映画


 60代になって発表した最新作『パターソン』もまた、その土地に潜む豊かな文化と時間の鉱脈に触れる体験をすることができる。そして、ジャームッシュのフィルモグラフィーの中でも特に瑞々しい作品となっている。

 舞台はニュージャージー州のパターソンという街だ。そして主人公の名前もまたパターソンといい、このバスの運転手のある月曜日から翌週の月曜日まで、その日常を丁寧に紡いでいる。パターソンは始発の運転に向けて早朝に起き、妻を起こさないようにそっとベッドを抜け出し、淹れたてのコーヒーに小さなドーナツ型のシリアルを食べて家を出る。同僚の点検係は毎日、人生へのストレスと不満を口にし、昼間はかつて絹産業で栄えたこの街を支えた水力発電所跡で、街の名所である大滝を眺めながら手作りのランチを食べ、定時には家に戻り、妻と夕食をとり、そして愛犬と共に夜の散歩に出かけ、行きつけのバーで一杯だけひっかけて、店の親父と軽口を叩いて帰宅する。 

 判を押したような日常。でも、当然のことながら、日々には様々な変化が起き、その変化がパターソンの生活に素敵なアクセントとなって、日常を色づかせる。なぜならパターソンは詩を深く愛し、自分でも詩を作っているからだ。月曜日、彼は最近気に入っている青いマッチ箱への愛着を詩に綴る。火曜日、ベッドを抜け出そうとする彼は、美しい裸のフォルムが腰のあたりまで露わになっている妻をいとおしむようにそっと敷布をかけてやり、そのちょっとした仕草で昨晩の二人の甘い夜が想像できる。その影響か、ランチの時間に書く彼の詩は、青いマッチ箱の描写から、妻への熱い愛情の文章へと変わってくる。

 詩人の目を通すと、ちょっとした日常が愛おしさにあふれた瞬間の積み重なりであることが顕著になるのだ。パターソンの愛する詩人は、パターソンの街にほど近い場所で、医者の傍ら詩を発表し続けたウィリアム・カーロス・ウィリアムズ。アメリカの詩人と言えば、1950年代から60年代に沸き起こったビート・ジェンレーションの立役者の一人であるアレン・ギンズバーグが有名だが、そのギンズバーグが師と仰いだのが前出のウィリアム・カーロス・ウィリアムズなのだ。この二人には有名なエピソードがある。ギンズバーグが詩韻を踏んだ作品群をウィリアムズに見せ、アドバイスを求めた時、「韻を踏むならもっと徹底的にやらないと」とダメだししたことで、ギンズバーグは荒々しくシャウトする文体の『吠える(Howl)』を発表。当時の若者たちに多大な影響を与え、詩の一大革命が起きたのである。

 でも、パターソンが愛するのは、そういう派手派手しいギンズバーグではなくウィリアムズであるというのが通好みで、そして映画の後半、同じくウィリアム・カーロス・ウィリアムズを愛して、日本からはるばるやってくるのが、『ミステリー・トレイン』以来のジャームッシュ映画への参加となる永瀬正敏なのである。

ジャームッシュ映画は、フォントファンのためのフォント萌えをするフォント映画


 さて、本作の詩情が素敵なのは、その詩の見せ方にセンスが溢れているからである。

 ひとつめの要因は、パターソンが綴る詩を、ジャームッシュが以前から愛読してきたロン・バジェットが担当していること。そして最大の要因は、パターソン(ロン)による素敵な詩がパターソンの風景に合わせて、スクリーンの下から上へとスクロールしながら手書きの文字で記されていくのだが、この字がとてもシャープで繊細で、もだえるほど素敵だからである。ちなみにこの字は、パターソン役のアダム・ドライバーの手書き文字をフォント化したものだ。

 そう、ジム・ジャームッシュを愛するファンなら激しく同意してくれるだろうが、彼はフォント好きにはたまらないフォント萌え作家なのである。ちなみにフォントとは1つの書体の文字サイズごとに作られた大文字・小文字・数字・記号類のセットのこと。ジャームッシュの映画ではフォントへのこだわりが半端ではない。

 例えば1999年の『ゴースト・ドッグ』では原題のタイトルロゴを始め、クレジット・タイトルの文字はジャームッシュ本人の手書き文字をベースにしたフォントを用いている。こちらの字は基本的には丸さが特徴的ながら、踊るような自己主張した勢いのある書体となっている。以前、ジャームッシュの字について、文筆家片岡義男は、自分のサイトで「モールスキンの手帳」というタイトルの素敵な文章を発表している( http://kataokayoshio.com/essay/moleskine

 2003年の『コーヒー&シガレッツ』では、オランダの著名なフォントデザイナー「Fabian De Lange」によるものを起用し、60年代のニューヨークの広告にあったような、敢えてアグリーな部分を強調した書体を選んだという。もちろんこちらも手書き文字で、嬉しいことに誰でも使えるフリーフォント「Cigarettes and Coffee free font」として公開されている。( http://typostrate.com/artists/typographers/friday-free-font-50/)。「Fabian De Lange」はディズニーの実写版『美女と野獣』のポスタータイトルのフォントを担当したことでも有名だが、こちらはロイヤル感が溢れる書体となっていて、その違いも見比べると面白い。

 ちなみに日本でタイトルの書体にこだわったのが市川崑監督。タイトルのヴィジュアルは「作品の内容を端的に表す重要なファクター」と太明朝にこだわったのは有名で、「市川崑のタイポグラフィ「犬神家の一族」の明朝体研究」(小谷充/水曜社)という研究本まで発売されている!一口に明朝体と言っても、その中にもいろいろ差異があり、市川崑の影響を受けた庵野秀明は、「新エヴァンゲリオン」の明朝体を、石井特太明朝を愛した市川崑と差別化するため、さらに太いフォントワークス製の「マティスEB」という明朝体を選んだという。もはやマニアックすぎて、くらくらするほどのこだわりだが、やはりそこまでのこだわりがあるからこそ、彼らの作る映像は他の人との差別化がくっきりとするのではないだろうか。



8月26日(土)、ヒューマントラストシネマ有楽町/ヒューマントラストシネマ渋谷/新宿武蔵野館 ほか全国順次公開

公式HP: http://paterson-movie.com/


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Photo by MARY CYBULSKI ©2016 Inkjet Inc. All Rights Reserved. 

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