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『パターソン』キャスティングに込められたジム・ジャームッシュの深謀遠慮

『パターソン』キャスティングに込められたジム・ジャームッシュの深謀遠慮

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双子って同じ人? いえ、違う人が二人並ぶだけ。違うことを受容するパターソンの街



 現在、日本のあちこちの映画館で満員御礼のロングランヒットとなっている映画『パターソン』。


アメリカ、ニュージャーシー州にあるパターソンという町に暮らす、パターソンという名のバスドライバーの、とある一週間をジム・ジャームッシュが瑞々しい感性で綴ったものだ。パターソンは愛妻を起こさないようにそっと早朝にベッドから抜け出し、淹れたてのコーヒーとシリアルの朝食をとり、始発からパターソンの街を練り歩く。毎日、同じパターンの仕事が続くが、彼は詩人でもあり、バスに乗り込んでくる乗客の豊かな会話に耳を傾け、街の息吹やうねりを間近に感じながら、一日を終える。当然のことながら、「乗客」と一言で言っても、乗ってくる人の肌の色も年齢も会話の中身も実にバラバラ。こういう多彩な人たちがいてこそ、街は面白いし、意外性も面白い、と、いうことをジャームッシュは愛情をこめて描いているのだが、そこにちょっと差し込まれるのが双子のエピソード。月曜日、妻のローラは双子を持つ夢を見て、双子が欲しいかとベッドの中でまどろみながらパターソンに問う。それを聞いた後、パターソンは街のあちこちで一卵性双生児の存在に目が行くようになる。


 同じ顔だけど、当然のことながら、双子は別個の存在。でも、同じ顔で、同じ服を着ていると、同じ人に見えがちだし、そう見てしまう。人間が抱きがちな、一方的な思い込みを利用しつつ、ジャームッシュは、同じ街でも全然違う人たちがいることを優しい目線で綴っていく。パターソンの行きつけのバーの亭主は、パターソンの街に関係がありそうな新聞記事を見つけては、それが客の目につくところに張っていく。それがたとえ、「“パターソンのガールズ・クラブ イギー(・ポップ)を世界一のセクシー男に”」と、亭主にとってはよくわからない、遠いトピックであっても、この街を楽しくした証ならば、きちんと壁に貼り付ける。


 パターソンが運転するバスに、ある日、1901年、市民に銃を向けたイタリア国王に憤慨し、殺したアナーキスト、ガエタノ・ブレーシについて話す大学生が乗り込んでくる。この二人、ウェス・アンダーソンが2012年に発表した『ムーンライズ・キングダム』の主演のジャレッド・ギルマンとカーラ・ヘイワードの二人。音楽好きのアンニュイな少女と、ボーイスカウトの青年の12歳コンビが一年の計画を経て恋の逃避行をする物語だったが、この映画をジャームッシュは大好きで、成長した二人にオファーしたという。タイプの全く違う二人が運命的に結びつくという『ムーンライズ・キングダム』のエッセンスは、『パターソン』のパターソンと妻、ローラのカップルに受け継がれている。


アダム・ドライバーの過去が、主人公パターソンの二面性を強化する



 さて、アダム・ドライバー演じるバスドライバー、パターソンは寡黙な人で、その日常は詳細につづられるが、彼がどういう人で、どういう過去を送ってきたのかはほとんど言及されない。だが、ふとした瞬間に、パターソンのおそらくタフであった過去が少し垣間見えるのだ。例えば、彼の家には、アメリカ海兵隊時代のパターソンの写真が二度写される。今は穏やかに暮らす彼だが、その昔は、相当キツい訓練の日々、もしくは実戦の経験があったのかもしれない、そんな想像が膨らむのも、パターソンが行きつけのバーで、彼女にフラれた腹いせに銃を持って常連客が乱入してきたとき、瞬時の早業で、その客をねじ伏せてしまうからである。それも、本人無意識に、頭より先に体が動くという趣で。


 アダム・ドライバー自身、海兵隊にいた過去がある。それも911のアメリカ同時多発テロがきっかけで入隊しているのである。この時代の経験を語ったトーク番組「 TED TALK」にあるように、彼自身はプライベート中のマウンテンバイクの事故で退役を余儀なくされ、民間への移行期に非常につらい思いをしたと語っている。そのとき、大きな武器になったのが自己表現であり、名門ジュリアード音楽院に入学し、演劇を学ぶのである。もし、彼が怪我をしていなければ、高確率でイラク戦争には参加したであろう。ジャームッシュのことだから、パターソンはアダムのもう一つのアバターとして、イラク戦争に行って退役したという可能性もどこか計算していたのではないか。とすると、イラクとお隣のイランの女優であるゴルシフテ・ファアハニを起用したことも、大きな意味があるのではないだろうか。


お気楽妻ローラ役のゴルシフテ・ファアハニの歩んだ壮絶人生



 映画『パターソン』でゴルシフテ・ファアハニが演じるローラは小悪魔である。とっても美しくて、とっても天然。家の改造計画は無尽蔵で、毎日、何かしら、模様替えが起きている。お料理の冒険心も尋常じゃなく、普通じゃない組み合わせの料理を作り、パターソンを困らせたりする(彼は顔に出さないけれど)。


 最も笑っちゃうのが、突然、シンガーになると言い出して、中途半端に高いギターを通信販売で買いたいと言い出すことだ。パターソンは、それは胡散臭いと思っているようだけど(なにせ感情を表には見せない)、やる気になっている妻にダメとは言い出せない。かくして、ギターは家に届き、彼女はうまいとは言えない演奏を披露する。


 ここだけ見ると、他愛ない夫婦の一コマにしか見えないが、演じるゴルシフテのたどってきた人生、彼女のフィルモグラフィと重ね合わすと、さすがジャームッシュ。鮮明に浮かび上がってくるものがある。


 ジャームッシュは彼女を、イランを代表する映画監督だった(今は亡命中)バフマン・ゴバディの『HALFMOON』(06・日本未公開)で見て「すっかり惹かれてしまった」と言っている。この映画は、伝説的なクルド人の老ミュージシャンがコンサートを行うために、古いバスに乗って、ともに演奏してくれるミュージシャンを探しに行くロードムーヴィー。旅の中で、素晴らしい歌い手である女性歌手を探しに行くのだが、イランでは人前で女性が歌うのは禁止されていて、それでも歌うとなると命を懸けるのと同じことで、様々な困難を伴う。そんな映画に出たゴルシフテに、好きな時に、好きなだけ、気ままに歌う、という役を演じさせるなんて。ジャームッシュの表現の自由への希求心は実に高い。


 彼女は2008年、アメリカ映画『ワールド・オブ・ライズ』にアイシャ役で出演した後、イラン政府当局の総合的な判断に基づき、一時、イランからの出国禁止処分を受けている。のちにアカデミー賞外国映画賞を二度も受賞するアスガル・ファルハーディー監督のイラン映画『彼女が消えた浜辺』で素晴らしい演技を見せ、今は、ヨーロッパをベースに女優とピアニストを両立させている。


 ご存知のように、イランはかつて素晴らしい映画監督を輩出した国だったが、ここ数年の政治に振り回され、多くの映画監督たちが表現の自由を制限され、亡命を余儀なくされる状況に追い込まれている。ところが、911やシリア情勢を受け、アメリカ政府から排除されるターゲットになることも多い。今年のアカデミー賞では、大統領に就任したばかりのトランプ大統領がイスラム教徒の多い7か国の国民の入国を拒否するという大統領令を発布したことに抗議し、外国映画部門にノミネートされていた先のアスガル・ファルハーディー監督が参加をボイコットしたという出来事も記憶に新しい(そのノミネート作品『セールスマン』は見事、外国映画賞を受賞した)。


 そんな変遷を頭に入れておくと、好きな時に好きな詩を書き、好きな歌を歌い、好きな料理をし、表現することにおいて何者にも邪魔されることなく暮らすパターソンとローラの夫婦の風景がいかに尊いものか、様々なことを想起させられるのだ。



ヒューマントラストシネマ有楽町/ヒューマントラストシネマ渋谷/新宿武蔵野館 ほか絶賛公開中 

公式HP: http://paterson-movie.com/


©2016 Inkjet Inc. All Rights Reserved. 

Photo by MARY CYBULSKI ©2016 Inkjet Inc. All Rights Reserved. 

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