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『奥田民生になりたいボーイと出会う男すべて狂わせるガール』雑誌カルチャーに溺れたい!

(C)2017「民生ボーイと狂わせガール」製作委員会

『奥田民生になりたいボーイと出会う男すべて狂わせるガール』雑誌カルチャーに溺れたい!

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人気コラムニスト、渋谷直角を育んだマガジンハウスの雑誌カルチャー



 『奥田民生になりたいボーイと出会う男すべて狂わせるガール』の最初の方のエピソードで、コーロキが「マレ」の中で、ある女性ブランドのタイアップページを担当する場面がある。その際、ブランドが指定するライターとして出てくるのが大根作品には欠かせないリリー・フランキー。今や俳優としての活躍が光りすぎて、彼がかつて名コラムニスト、イラストレーターとして活躍していたことを知らない人もいるかもしれない。この調子が良いライターの部屋にはカルチャー関係の本がびっしりと納められた本棚が写るのだが、これは2012年に火災に巻き込まれて急逝した川勝正幸が遺した蔵書であるという。川勝は編集者とかライターという肩書で語られがちで、実際、そうだったのだけれど、いわばカルチャーの目利き。小泉今日子がアイドルからアーティストへと変貌する時期にいわばブレーンのように寄り添い、彼女は「川勝さんがいてくれたおかげで、私はいろんな人に出会うことができたし、それまで点と点でしかなかったものが太い線としてつながることもできた」と川勝の著書『ポップ中毒者の手記(約10年分)』の解説で語っている。ナゴムレコードのナゴムの命名者であるとか、スチャダラパーを見出した人だとか、ゲンズブールの映画の面白さを復活させた人だとか、映画評論家の滝本誠とデイヴィッド・リンチの『ツイン・ピークス』ブームを盛り上げた人だとか、もはやここでは書ききれないほど、音楽、映画、演劇のカルチャーの発見、発掘、そして紹介に長けた人で、大根仁もその才能を「DJ的だ」と川勝に評価されることで救われたという。



『奥田民生になりたいボーイと出会う男すべて狂わせるガール』(C)2017「民生ボーイと狂わせガール」製作委員会


 そんな川勝がブルータス編集部やポパイ編集部でうろうろしている1990年代の終わり頃から、渋谷直角もマガジンハウスで仕事を始めたのだが、彼らの年齢差は20歳ほど。バブル期のマガジンハウスには、編集者が取材で地方に行った際に、そこで出会った変わった毛色の若者に声をかけ、上京させてはライターやスタイリストとして育てあげるという例があり、その筆頭株が今やファッション界の重鎮であるファッションエディターの祐真朋樹。「奇跡のリンゴ」の石川拓司や、先日、テレビ東京でドラマ化された「居酒屋ふじ」の原作者の栗山圭介も同じ時代にターザンで書いていたエースライターで、ほかにも三田文学で小説を書いて、学生時代は慶応のデュラスと言われていたという才色兼備の女性ライターがいたりと、多彩な執筆陣が闊歩していたのだ。


 だが、渋谷がライターとして書き出したのは、バブルが終わり、広告収入が下がり始め、雑誌文化にも不況の色が差し込み、さらにはネットの台頭で、誰でも書けるし、誰でも発信できる時代への移行期。彼の著書である『カフェでよくかかっているJ-POPのボサノヴァカバーを歌う女の一生』では、自分の好きなカルチャーを高らかに歌い上げる川勝の明るさは微塵もなく、むしろ、自分のプライドを保つ「溺れる者は藁をもつかむ」の一枝の藁的なもの、これこそが登場人物たちにとってのサブカルチャーという自虐的な目線で貫かれている。


 『奥田民生になりたいボーイと出会う男すべて狂わせるガール』でも、松尾スズキ演じるマレの編集長はセンスあふれる素敵な大人だけれど、徐々に、雑誌をどう売るべきか、悩み中であることが明かされ、自分のスタイルを曲げてまで、売れ線の猫特集に手を出すか揺れている。今回、この映画に出てくるマレの雑誌は、原作者である渋谷が、マガジンハウスのカルチャー誌「relax」を作っていたころのスタッフに声をかけて丁寧に製作されているが、どことなく、リニューアル前の生活誌「ku:nel」のクオリティを想起させ、興味深い。


 読者に提供したい雑誌の理想とする世界観と、広告収入が入りやすい雑誌の世界観は違う。そして、コーロキほか、マレ編集部の男性たちが振り回されるのが、あかりのプレス(正式名称、アタッシュド・プレス)という広告側のポジションなのは実に意味深である。



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