どうしてもカオスを入れたくなる
Q:カメラワーク、カット割り、編集と全てがテンポよくハマっているシーンが随所に見受けられます。それでいてお芝居を邪魔することはない。この辺りは脚本段階から想定されていたのでしょうか。
市井:そうですね。事前に意識はしていました。大事なところでは長回しを使っていますが、それ以外のところはあえてカットを重ねてテンポをよくしています。いろいろと差別化してやっていこうと脚本段階から考えていました。
Q:狙ったアングルや特徴的なカメラワークは段取りを要しますが、お芝居ともバッチリシンクロしています。現場での撮影はどのような感じだったのでしょうか。
市井:事前にカメラマンと話してカット割りは準備しておきますが、かといって現場ではあまりそれに頼らず、お芝居をしてもらった上でアングルを決めていきます。でも大体は想定したカット割りと同じになることが多かったですね。また、後半のコールセンターのシーンからはあえて手持ちを増やしています。
Q:後半のコールセンターのシーンに感じたカタルシスは、その手持ちも要因のひとつかもしれませんね。前作『台風家族』(19)のラスト近くのカタルシスと似たようなものを感じました。
市井:こういうよくありそうな映画だからこそ、どうしても訳のわからないカオスみたいなものを入れたくなっちゃう。お行儀いい映画にはしたくないというのがあるからかもしれません。
『犬も食わねどチャーリーは笑う』©2022“犬も食わねどチャーリーは笑う”FILM PARTNERS
Q:『台風家族』の取材時に、「今後もコミカルなものを撮っていきたい。コミカルなものは、人の心の痛みを描くための裏返し」とおっしゃっていました。本作はまさにその通りの作品になりましたが、そのスタンスは今後も続けていかれるのでしょうか。
市井:そうですね。そこはブレないですね。そこを抑えつつも、新しいことをやっていくつもりです。
Q:今回は全然違うアプローチで来たなと、すごく新しい感じがしました。『台風家族』と同じ監督とは思えない感じもあり、格段に次のステージにあがっているようでした。ご自身の手応えとしてはどうでしたか?
市井:本当ですか⁉︎ とてもありがたいのですが今は不安で仕方ないんです(笑)。もちろん出来上がったものに対しての個人的な満足はあるんですけど、まだあまり感想を聞いてなかったので、面と向かって言っていただけて嬉しいです。
これは夫婦の話なので、未婚の方が観たらどういう印象になるのかと若干の懸念はあります。もちろん多くの人に観て欲しくて作りましたが、実は(夫婦という)ある種せまいところをやっている。その辺の実感がまだ湧かないので、そういう視点の感想も聞いてみたいですね。
Q:市井監督は「長回し」を使うことが多く相米慎二監督の影響を受けていると、以前お話しされていました。今回「長回し」は抑えめでしたが、あらためて市井監督が影響を受けた監督や作品があれば教えてください。
市井:長回しのシーンを立たせるためにカットを割るシーンを多くする意識があるのですが、今回は特に意識しました。なので、長回しの相米監督もずっと好きですが、カットを割りまくる伊丹十三監督も大好きです。そういった好きな要素をすこしづつ拝借させてもらいながら、自分の映画を作っていると思いますね。
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監督・脚本:市井昌秀
1976年4月1日生まれ、富山県出身。劇団東京乾電池を経て、ENBUゼミナールに入学し映画製作を学ぶ。2004年のゼミナール卒業後に制作した長編が立て続けに映画祭の賞を受賞し、注目を集める。初の長編作品となった『隼』(05)は第28回ぴあフィルムフェスティバルで準グランプリと技術賞、香港アジア映画祭コンペティション部門「New Talent Award」グランプリを、続く『無防備』(07)は第30回ぴあフィルムフェスティバルでグランプリを、第13回釜山国際映画祭では新人監督作品コンペティション部門最高賞を受賞した。13年には、初の商業映画『箱入り息子の恋』が公開。同年のモントリオール世界映画祭ワールドシネマ部門に正式出品し、第54回日本映画監督協会新人賞を受賞している。ドラマ作品では、尾野真千子主演のドラマW「十月十日の進化論」(15年/NHK)でギャラクシー賞奨励賞の他、日本民間放送連盟賞テレビドラマ部門優秀賞、東京ドラマアウォード2015単発ドラマ部門優秀賞を受賞している。直近の映画作品に監督と脚本を務めた草彅剛主演の『台風家族』(19)がある。
取材・文: 香田史生
CINEMOREの編集部員兼ライター。映画のめざめは『グーニーズ』と『インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説』。最近のお気に入りは、黒澤明や小津安二郎など4Kデジタルリマスターのクラシック作品。
撮影:青木一成
『犬も食わねどチャーリーは笑う』
9月23日(金・祝)全国ロードショー
配給:キノフィルムズ/木下グループ
©2022“犬も食わねどチャーリーは笑う”FILM PARTNERS