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田端で「人間ポンプ」の映画を見た【えのきどいちろうの映画あかさたな Vol.12】

(c)Visual Folklore Inc.

田端で「人間ポンプ」の映画を見た【えのきどいちろうの映画あかさたな Vol.12】

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 シネマ・チュプキ・タバタというミニシアターをご存知だろうか。田端駅から徒歩5分、席数20の文字通りの「ミニ」シアターだ。「チュプキ」というのはアイヌ語で自然光という意味だそうだ。ネーミングの「タバタ」部分は田端なのだが、「シネマ・チュプキ・タバタ」が連なると不思議な呪文のようだ。「マチュ」「プキ」「タバ」と口腔内で音が跳ねる。幼い頃、こういう音を発語する遊びをしていたような気がする。


 駅下仲通り、業務スーパーの隣り。外観はぜんぜん映画館っぽくない。ここはコロナ禍で旅ができなかった頃、「こんなことのせいで、新しく出会う人や場所がなくなるのは悔しすぎる」と思って、都内(というか東京東側)に面白いもんないかと探してたどり着いた映画館だ。「ユニバーサルシアター(すべての人がアクセスできる映画館)」を掲げていて、車いすスペースはもちろん、目の不自由な人、耳の不自由な人にも映画が楽しめるよう上映にひと手間かけている。その代わり、いわゆる「障がい者割引」は行わないポリシーだという。


 掛かる映画が面白いのだ。僕はドキュメンタリー好きなので、ラインアップに興味津々だ。今回取り上げる北村皆雄監督の『見世物小屋~旅の芸人・人間ポンプ一座』(97)は25年前に制作された作品なのだが、北村監督の新作『チロンヌプカムイ イオマンテ』(21)の公開に合わせて掛けてもらえた。評価の定まった「名作ドキュメンタリー」であり上映がまったくないわけじゃないけれど、そう簡単に見られるわけでもない。むちゃくちゃ有難い。今回、上映初日には北村監督の舞台挨拶もあったそうだ。シネマ・チュプキ・タバタは監督さんを呼ぶんだよな。ロビーに監督さんのサインがびっしり。席数20の超「ミニシアター」で、至近距離で監督さんを眺められる(もちろん勇気を出せば話も!)。シネコンの映画体験がプアに思えるほど、個性と魅力がとんでもなく詰まった劇場だ。


 『見世物小屋~旅の芸人・人間ポンプ一座』には魅了された。北村皆雄監督は「映像民俗学」のアプローチをされる方で、つまり、記録性重視である。映画は冒頭、安田興行社・安田里美さんの葬儀シーンから始まる。棺におさまり、鼻に綿をつめたご遺体の老人が「人間ポンプ」の旅芸人、見世物一座のスターなのだ。夫であり一座の主を失った安田春子さんが悲嘆から、夫婦のなれそめ、一座のなりたちが語られていく。


 映像は時をさかのぼり、安田里美さん健在の頃の秩父夜祭である。映画は基本、この夜祭の記録映画になっている。見世物興行は各地の祭りや縁日、盛り場で行われる。トラックで搬入し、小屋掛け(設営)するところから見せてもらえる。露天商の場所決めの様子や、興行権を持つ地元の「歩方」(ぶかた)との収益の分け方もわかる。小屋が組まれていくなか、一座9人の紹介が始まる。僕はこの一座の面々にとにかく惹きつけられた。



『見世物小屋~旅の芸人・人間ポンプ一座』 (c)Visual Folklore Inc.


 一座は高齢化が進んでいる。みんな他につぶしのきかないおじいさんとおばあさんだ。他に行き場のない人が拾われるようにして、一座に加わる。福島から集団就職で出て、紡績工場の劣悪な労働から逃げ、2年ほどルンペンをしていたという「蛸おんな」の女性。汚れて真っ黒で、身体も匂ったから風呂に入れてやったら、意外にきれいな顔立ちをしていたという。印象としては常にぼんやりした感じのおばあさんだ。40過ぎで見世物芸を始めたのだが、ぷいと失踪するクセがついていて、何があったわけじゃなくても急にいなくなるそうだ。失踪→戻る→失踪→戻るを猫のように繰り返して、今はおばあさんになっている。なっているのだが、カツラをかぶって化粧して「蛸おんな」を続けている。


 「人間ポンプ」の芸をご存知ない方のために説明すると、カミソリの刃とか金魚とかをいっぺんゴクリと飲み込んで、後で胃から出すという、奇術とも体技ともつかぬ芸。例えばカミソリの刃は次々に4枚飲み込んで、胃の中で4枚を重ね合わせ、後でまとめて出す。まともにやったら喉といわず食道、胃といわず傷だらけになるだろう。クライマックスはガソリンを飲んで火を噴く芸なのだが、京アニの事件を考えてもガソリン引火は危険極まりないので、本当の「ガソリン」ではないと思う。安田里美さんは胸に「人間ポンプ」とプリントされた赤いロンTを着て舞台に立つ。飲み込むとき、お腹をポンポン叩いて吐き出すときの表情に愛嬌があって、あぁ、この人は若いとき女にモテたろうなぁと納得する。僕は売店で「人間ポンプ」のロンTを売ってたら間違いなく買ってる。


 安田春子さんの呼び込みのタンカにも惚れ惚れした。これはもう実物を見ていただくしかないのだが、祭りの浮ついた客の好奇心、同情心、差別心、加虐心等々をかきたて、小屋の入り口へと急きたてる、それは見事なものだ。ひとの注意をひくときの「ホラ」という言葉がホラホラ、こんなに引力を持つとは。


 「ホラ、急いでください、急いでください、急いでください。ウソかマコトかホラホラ、前に回ってどうぞよく見てあげてください。見世物とは、はたしていかなるものであったのか…」


 安田一座は秩父夜祭の興行を終え、小屋をバラし、トラックに乗って去っていく。見終えて、一場の夢のように感じる。ずっと余韻が残る。シネマ・チュプキ・タバタ、行ってよかった。



文:えのきどいちろう

1959年生まれ。秋田県出身。中央大学在学中の1980年に『宝島』にて商業誌デビュー。以降、各紙誌にコラムやエッセイを連載し、現在に至る。ラジオ、テレビでも活躍。 Twitter @ichiroenokido 



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『見世物小屋~旅の芸人・人間ポンプ一座』

10月15日(土)までシネマ・チュプキ・タバタにて上映中

配給:ヴィジュアルフォークロア

(c)Visual Folklore Inc.

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