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公開初日に『ファイナル アカウント 第三帝国最後の証言』を見た【えのきどいちろうの映画あかさたな Vol.8】

©2021 Focus Features LLC. 

公開初日に『ファイナル アカウント 第三帝国最後の証言』を見た【えのきどいちろうの映画あかさたな Vol.8】

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 公開初日、『ファイナル アカウント 第三帝国最後の証言』(20)を見に行った。日比谷のTOHOシネマズ シャンテの午後イチの回だ。映画タイトルが『ファイナル カウントダウン』に酷似していて(カタカナ表記では「ファイナル」と「カウント」がかぶってる!)、副題の「第三帝国ー」も込みでなんとなくタイムスリップ戦争ものに空目(?)してしまいそうだが、この映画はスペクタクル巨編ではない。こけおどしのCGも使われていない。10年かけて作られた、大変地味で衝撃的なドキュメンタリー映画なのだ。


 監督のルーク・ホランドさんは母方がユダヤ系で、おじいさんおばあさんを収容所で殺された方だそうだ。最初はおじいさんおばあさんの死の実相をつき止められないかということで映画を作り始めたみたいなんだけど、それはさすがに難しいとすぐに気づいた。で、この監督さんはどうしたかというと丹念にドイツ人の証言を収録していくんだね。『ファイナル アカウント』は最後の証言という意味。戦後、時間が経過してユダヤ人収容所を知るドイツ人も高齢化している。映像で肉声が残せる最後のチャンスなんだね。だから構成は基本、老人のインタビュー。それに当時のナチスドイツの映像を加えたもの。スペクタクルとは程遠い。だけど、戦慄する。釘付けになる。


『ファイナル アカウント 第三帝国最後の証言』予告


 僕が見たのは人間の「きわ」みたいなものだ。ひとは嘘をつく。ごまかして逃げようとする。言い逃れようとする。自分のついた嘘を内面化して、その嘘を生きようとする。


 ルーク・ホランド監督は200人からのドイツ人にカメラを向けたそうだけど、今(というか、この10年)生存してるということは、当時、子どもか若者だったのだ。日本でもいわゆる戦中派の世代がいなくなって、「戦争体験」が空襲や学童疎開ばかりになると、戦争被害の面がクローズアップされて加害性が後退する。


 『ファイナル アカウント/第三帝国最後の証言』がカメラを向けるのはそこなのだ。加害性の自覚。あなたはナチスの収容所を知っていたか? どう考え、どのように暮らしていたのか? 


 インタビューのトーンはとても穏やかだ。決してインタビュイーを詰問口調で責めたてたりしない。老人たちの語りを冷静に捉える。ドイツは第一次大戦で敗れ、経済的にどん底だった。老人たちの親世代はそこで台頭してきたナチスを支持する。経済的な困窮はユダヤ人のせいだ。映画の最初のほうで「子どもたちの加害」が語られる。子どもはヒトラーユーゲントに入り、ユダヤ人経営の店の前に立って、いやがらせをする。「ユダヤ人お断り」のプラカードを持ったりする。まぁ、ヘイトクライムのお先棒だ。


 それを見て僕は逡巡する。これはどうだろう? ヒトラーユーゲントは一見、ボーイスカウトみたいだけど、紛うかたなきナチスの少年組織だ。ユダヤ人に対するいやがらせはさせられていたのか、していたのか。ヘイトのプラカードは持たされていたのか、持っていたのか。


 ドイツじゅうに収容所がつくられはじめ、ユダヤ人が強制的に入れられる。ナチスに反対する政治犯も入れられる。優性思想から精神障害者、ゲイも入れられる。カメラは問う。知ってましたか? どうでしたか?



『ファイナル アカウント 第三帝国最後の証言』©2021 Focus Features LLC. 


 みんな「知らなかった」と言うのだ。質問を向けられると反射的に「知らなかった」と言う。だけど、スクリーンの証言者は語りはじめるのだ。「戦後、ドイツ人はみんな何も知らなかったと言う。あれは嘘だから。ユダヤ人虐殺はナチスが隠れてやってたことで、自分たちは知らなかった。そんなことはない。みんな知っていた」。


 収容所で働いていた女性がインパクト大だった。知っていたけれど、私は関係ない。「帳簿係だから」。「知らなかった」の次は「自分は関係ない」と言うのだ。帳簿係は免責されるのか? 帳簿係は良心の呵責を負わなくていいか? 僕は明るい表情で「帳簿係だから」を言った老女に圧倒された。


 みんな知らなかった。知っていたけど私は関係ない。自分は直接、手を下してない。手を下したけれど、それは仕事だった。やらされたことだ。何重にも罪を回避するエクスキューズが用意されている。それは老人らの心理的な防御壁なのだ。その防御壁に身を隠して、彼らは戦後を生きてきた。武装親衛隊(Waffen-SS)だった者まで「自分は関係ない」と言うのだ。戦慄するしかない。その人間の「きわ」。


 「そんな酷いやつは人間じゃない」で済ませられないところが本当に恐ろしい。人間的なのだ。ヒトラーという狂人がドイツ国民一人ひとりに銃口を向け、無理やりユダヤ人殲滅(せんめつ)に駆り立てたのではない。みんな熱狂的にすすんでやったことだ。正しいと思ってやったことだ。それをみんな知らなかったと言う。知っていたけど、関係ないと言う。


 ルーク・ホランド監督はこれが遺作になったそうだ。間違いなく歴史に残る作品だ。100年後の人々もこれを見て震え上がるだろう。それは当時のドイツ人に対してだけでなく、自分の内面にも恐怖しているのだ。



文:えのきどいちろう

1959年生まれ。秋田県出身。中央大学在学中の1980年に『宝島』にて商業誌デビュー。以降、各紙誌にコラムやエッセイを連載し、現在に至る。ラジオ、テレビでも活躍。 Twitter @ichiroenokido



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『ファイナル アカウント 第三帝国最後の証言』

TOHOシネマズ シャンテ、渋谷シネクイントほか全国ロードショー

配給:パルコ ユニバーサル映画

©2021 Focus Features LLC. 


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