(C)1993 UNIVERSAL CITY STUDIOS, INC. AND AMBLIN ENTERTAINMENT, INC. ALL RIGHTS RESERVED.
『シンドラーのリスト』“スピルバーグ映画”を越境する「音」への取り組み
『シンドラーのリスト』あらすじ
1939年。ドイツ人実業家、オスカー・シンドラー(リーアム・ニーソン)が、ポーランドの古都クラクフにやってくる。野心家でナチス党員の彼は、巧みな話術と賄賂を使ってドイツ軍の上層部に取り入り、たちまち軍需工場で成功を収める。彼が雇っていたのは、有能なユダヤ人会計士、イザック・シュターン(ベン・キングスレー)のほか、賃金の安いユダヤ人労働者だった。やがて、ユダヤ人への迫害がエスカレートし、彼らが強制収容所で恐ろしい残虐行為の犠牲となっていくのを目の当たりにしたシンドラーは、ユダヤ人を助けようと、収容所所長、アーモン・ゲート(レイフ・ファインズ)に渡すためのあるリストを作り始める…。
Index
ミニマルに抑えたジョン・ウィリアムズの曲
劇映画には通常、アンダースコアというものが付随する。一般に「劇伴」「BGM」とも呼ばれるそれは、劇中の物語状況や登場人物の感情を、音楽で盛り上げていく効果的な要素だ。
1993年に製作されたスティーブン・スピルバーグのホロコースト映画『シンドラーのリスト』は、彼が得手とする映像表現とアンダースコアとの相乗作用が控えめだ。ナチスによるポーランド侵攻の後、商機を求めて同地にやってきたドイツ人実業家オスカー・シンドラー(リーアム・ニーソン)。映画はそんなヤマ師のような男が、ナチスのユダヤ民族虐殺を目にして人道主義への思いを強め、雇用者を含む1,100人ものユダヤ人を救うという決断に迫っている。
そこには『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』(81)のようにアクションを加速させる勇壮なマーチも、『E.T.』(82)とエリオット少年の冒険や別れを飾ったオーケストラの響きもない。地球外知的生命体の発する五音のシグナルがシンフォニーへと転調していく、『未知との遭遇』(77)で発揮された実験性とも無縁だ。
『シンドラーのリスト』(C)1993 UNIVERSAL CITY STUDIOS, INC. AND AMBLIN ENTERTAINMENT, INC. ALL RIGHTS RESERVED.
「史実だから作為を抑えた」または「深刻なテーマへの追求がおのずと音楽の居場所を失わせる」といった解釈もあるだろう。だがなによりアンダースコアは映像にリズムや緩急を与え、長尺の作品がもたらすストレスを知覚的にやわらげる。上映時間195分のモノクロ作品という、エンタテインメント市場ではリスキー極まる成果物の助けとなるはずだ。だが全編の約50%から70%を占めるといわれる映画のアンダースコアが、本作ではなんと20%に満たないのである。
スピルバーグ作品の作曲を専属的に担当してきたジョン・ウィリアムズは、冒頭に挙げたコラボレーションとは異なる取り組みのもと、監督の企図に応じたという。
「私が意識していたのは、この映画をメロドラマ化したくないということだった。この物語に必要なのは、穏やかで愛情深い音楽だと感じたんだ。だが本作には通常よりも音楽が少ないことがわかっていた。そんなスティーブンの選択にぴったりの方法は、音楽を非常にシンプルにすること。彼が『シンドラーのリスト』を撮った方法に、トリッキーなものは何もなかったからだ」
このウィリアムズの考えは尊重され、同作を象徴するシンプル、かつメッセージ性を強く訴える印象的なメインテーマが氏によって用意された。またユダヤ教徒を描いたミュージカルの映画化『屋根の上のバイオリン弾き』(71)で編曲を担当した経験から、民族性を象徴し、その音色が魂に直結するものとして、バイオリンをメインとする楽器編成を主張。イスラエルのバイオリニストであるイツァーク・パールマンを演奏者として、初めて商業映画のスコアに起用している。