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単なるパニックホラーにとどまらない『ジョーズ』が描く巧みな人間ドラマ※注!ネタバレ含みます。
※本記事は物語の結末に触れているため、映画をご覧になってから読むことをお勧めします。
Index
- トラブル続きの現場で生まれたパニック映画の金字塔
- 観客の想像力を刺激し、緊張を途切れさせない手法
- 人間ドラマにこそ大きな魅力が
- ブロディを中心に据えることで見えてくるもの
- 海に触れる時、ブロディのドラマも完結する
トラブル続きの現場で生まれたパニック映画の金字塔
スピルバーグ、27歳。後の映画人生を決定付ける『ジョーズ』を撮った頃の彼は、今の巨匠ぶりからは想像もできないほど生意気で、自信家で、怖いもの知らず。が、そんな彼をして、ロケ地から帰りの船の中でたまらず”I shall not return!(僕はもう戻らない)”と絶叫させるほど、本作の撮影は過酷を極めたという。
脚本も未完成で、機械仕掛けのサメは制御不能で一向に撮影が進まず。そうしている間にも太陽は容赦なく照りつけ、船酔いは収まらず、予算や撮影日数は大幅超過しスタジオ側は製作を止めようと圧力をかけた。挙げ句の果てには俳優同士も険悪なムードとなり、脚本家は船のスクリューに命を奪われそうになり、ある時は夕飯時に皆が食べ物を投げ合って大乱闘が始まり・・・。
誰もがちょっとずつ狂っていた。こんな時にキャリアを積んだ監督ならばチームに大号令をかけ、一個師団のごとく統率するのだが、そこはやはりまだ27歳の青年、なんとか乗り切ることで精一杯だった。周囲は彼を青二才として見るし、彼だって大人たちに舐められまいと必死の毎日だったに違いない。
だが、こんな地獄の日々から生まれた『ジョーズ』は、今見てもすべてが奇跡的なまでに完璧な映画だ。スピルバーグの長編映画としてはまだ2作目(『激突』はTV映画なのでカウントしない)ながら、映画史に残る海洋ホラーとして伝説を刻み、当時のアメリカ映画における興収記録を塗り替える程の大ヒットを記録した。