(C)1975 UNIVERSAL STUDIOS. ALL RIGHTS RESERVED.
単なるパニックホラーにとどまらない『ジョーズ』が描く巧みな人間ドラマ※注!ネタバレ含みます。
ブロディを中心に据えることで見えてくるもの
とりわけ注目すべきは、ロイ・シャイダー演じる警察署長ブロディだろう。彼は決してマッチョな正義漢ではない。ここでストーリーを紐解くと、ブロディの人生はどうやら二つの挫折を抱えていることがわかってくる。一つは子供時代。どうやら海で溺れた経験があるらしい。それがトラウマになっているのか、彼は全編を通して一向に自ら海に身を投じようとはしない。
そしてもう一つは彼の前任地だ。もともと彼はこの地の生まれではない。ニューヨークで警官として勤務していたものの、危険と隣り合わせの環境に嫌気がさし「あんなところには住めない!」とこの海辺の町に越してきた。かつて犯罪多発都市の警官だった以上、彼にはそれなりの使命感と正義感があったはず。だが彼はその地で「戦う」のではなく、他へ「逃れる」ことを選んだ。その決断は守るべき家族のある父親として当然とも思えるが、しかし運命は彼を逃さなかった。
というのも彼は、安心を求めたはずの海辺の地で、皮肉にも人生最大の凶悪事件、および凶悪犯(サメ)と対峙することになるからだ。かつて戦いを留保した経験があるからこそ、流れ着いたこの地は最後の防波堤のようなもの。家族や住民のためにも今回ばかりは絶対に逃げられないと、彼自身、その宿命を痛感していたのではなかろうか。
『ジョーズ』(C)1975 UNIVERSAL STUDIOS. ALL RIGHTS RESERVED.
彼はサメによるいくつもの犠牲者を目にした後に、ついに「戦う」と腹を決める。これがニューヨーク時代とは違う点だ。そこには家族や市民を守りたいとする使命感もあったろうが、中盤以降になるとそれ以上に「自分の人生にケリをつける」というテーマの方が際立って見えてくる。
と、ここで共に船に乗り込むキャラクターが特徴的だ。一人は若き海洋学者(フーパー)であり、もう一人は経験豊富な初老の漁師(クイント)。彼らもまた各々がサメにまつわる因縁を携えて今この場に立っており、ロバート・ショウ演じる漁師に至っては、かつて戦争中に経験したサメ襲来による地獄絵図の生き残りとして、どこかロスタイムを生きているような印象さえ感じられる。
ともあれ警察署長ブロディは彼らと三位一体となることで、これまでになかった原動力を得る。自分に圧倒的に欠けている知的好奇心と学術的な知識(フーパー)、経験則に基づく恐れ知らずの行動力(クイント)という主エンジンをフル稼働させながら、海洋での死闘へと身を投じていくのである。