ミニチュア的回想
二重の回想を語る老作家のさらに外側には、作家の書いた架空の本としての「グランド・ブダペスト・ホテル」を読む少女の存在がある。この重層的なつくりは、物語が語り継がれている様子を際立たせるし、ウェス・アンダーソン映画のミニチュア感ととても相性が良いと思う。
絵画の背景と模型からなるホテルの外観だって、まるで豪華なドールハウスのようだし、ホテルのある架空の国や、現実とは少し違った架空のヨーロッパも箱庭的だ。そんなミニチュアを覗きこんでいるような感覚が、本作の回想の物語とぴったり合い、登場人物たちの昨日の世界に招いてくれるのだと思う。何層にも重なった物語は、部屋の中に張られたテントや、狐の家族が暮らす木の中と同じ雰囲気を持っている。
そういった雰囲気の中には、どこか物への愛も感じられ、それはツヴァイクにも通じるところがあると思う。ツヴァイク自身も芸術家たちの草稿や手紙、音楽家の楽譜などを中心に、膨大なコレクションを持つ蒐集家だったのだ。「昨日の世界」の中でそうしたコレクションについて語るところがあるけど、きっとうっとりしながら書いているんだろうなあという感じがすごく伝わってきて楽しい。そういうところも、博物館やおもちゃ箱のようなウェス・アンダーソン作品とぴったりなのかもしれない。
ウェス・アンダーソンの映画ももっと観たいし(最新作はまさにミニチュアそのもののストップモーション・アニメ!)、シュテファン・ツヴァイクの本ももっと読んでみたい。
なお、参考文献としては「 昨日の世界 I・ II」(シュテファン・ツヴァイク (著)/原田義人(翻訳)/みすず書房)のほか、「 ウェス・アンダーソンの世界 グランド・ブダペスト・ホテル」(マット・ゾラー・サイツ (著)/篠儀直子、小澤英実 (翻訳)/DU BOOKS)もおすすめ。監督やキャスト、スタッフへのボリュームのあるインタビューやデザイン資料、引用元である古典作品、『グランド・ブダペスト・ホテル』とツヴァイクの関係が深く掘り下げられていて、まさに映画を読み解くための豪華な教科書のよう。
読書を通して映画がもっと楽しくなるのは素晴らしいと思う。