おいしそうなチーズの月と孤独なロボット
月面に到着したあとも質感のコントラストは際立つ。
ウォレスがレジャーシートに座り、そのへんの地面の盛り上がりをバターナイフで切り取ってクラッカーに乗せて食べる一連のシーンでは、一見薄黄色の粘土にしか見えない月の地表が、本当に食べられるチーズのように感じられてとてもおいしそうだ。
柔らかいものと硬いものの対比がうまく出来ているからこそ、バターナイフで切られるチーズに説得力が出ているのだろうなあと思う。
また月にはひとりぼっちのロボット管理人がいるのだが、黄色い粘土の月面に機械的なキャラクターがぽつんと佇んでいる様子もおもしろい。
ロボットは勝手に月のチーズを削り取って帰ろうとするウォレスに腹を立てるが、同時に地球に憧れを抱き、発明家と犬を追ってロケットに乗り込もうとする。
ギリギリのところでロケットは発射し、ロボットは爆発で吹き飛ばされてしまう。彼は再びひとりぼっちになるが、ロケットからはがれた鉄板を使って、憧れのスポーツであるスキーを楽しむのだった。
異なる質感の強弱が映像に深みを与えている本作の最後も、丸っこいチーズの山を鉄板のスキーで滑るロボットという画で幕を降ろす。
この『チーズ・ホリデー』のあと、シリーズは『 ペンギンに気をつけろ!』(1993年)、『 危機一髪!』(1995年)と続き、2005年には初の長編映画として『 ウォレスとグルミット 野菜畑で大ピンチ!』が公開され、そのつどクレイアニメとは思えない迫力とともにスケールアップし、造形や映像はどんどん綺麗になっている。
それでもつねに画面には『チーズ・ホリデー』にあった柔らかさと硬さのコントラストが健在だし、綺麗に成形されるようになった人形にしても、やはりどこかにうっすら指紋が残っていてほっとする。それはサインのようなもので、壁紙や食器などミニチュアのイギリス的なかわいらしさや、おしゃれなようでちょっとおバカな雰囲気と同じように、『ウォレスとグルミット』のトレードマークなのだと思う。