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『オマージュ』、映画についての映画【えのきどいちろうの映画あかさたな Vol.23】

©2021 JUNE FILM All Rights Reserved.

『オマージュ』、映画についての映画【えのきどいちろうの映画あかさたな Vol.23】

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 僕はどういうわけか「映画についての映画」が昔から好きだ。例えば映画館が出てくる『ラスト・ショー』(71)や『ニュー・シネマ・パラダイス』(89)のセンチメンタルな感じがたまらないし、『映画に愛をこめて アメリカの夜』(73)のように撮影現場の活気を垣間見せてくれるのも大好物。


 それは単純に「映画が大好きな人が映画の映画を撮っている」ということでもあろう。その「映画が大好き」にこちらの「映画が大好き」が共鳴・共振する。別にピーター・ボグダノヴィッチやトリュフォーじゃなくてもいい。『桐島、部活やめるってよ』(12)『カメラを止めるな!』(18)のようにコミカルに描かれてるのもお気に入り。


 だけど、「映画の好きな人が映画の映画を撮っている」がイコール「映画ってホントにいいですねー」ではないと思う。ある種の「映画についての映画」はとても苦い。これはつまり、自己言及的に映画を語っているのだ。もはや「映画ってホントにいいですねー」的なベタな地点では映画に向き合えない監督がいる。映画がただ物語を提供することに自足していればいい時代はとっくに終わったのかもしれない。


 今回、ご紹介する韓国映画『オマージュ』(21)はその典型じゃないかと思う。とても良質な「映画についての映画」だ。ここに描かれているのはシンプルな物語ではない。映画が自己言及的に映画を語っている。


 といって難しい話ではないのだ。ヒット作に恵まれない映画監督、ジワンが主人公だ。彼女は親友のプロデューサーと自分たちのキャリアが暗礁にのり上げてることを嘆く。で、次回作のメドも立たないことから、古い映画の修復の仕事を引き受けることになる。60年代の女性監督、ホン・ジェウォンが残した『女判事』(62)という映画だった。欠落したフィルムや台本を探し歩くうち、ジワンは「韓国映画界初の女性監督」がいかに孤立し、苦しんだかを知る。もうこの世にいない「女性監督」の存在が次第にリアルに感じられる。先人の生き抜いた軌跡はいつしかジワン自身の行く末をも照らし始める。



『オマージュ』©2021 JUNE FILM All Rights Reserved.


 ホン・ジェウォン監督は実在した映画人がモデルだそうだ。『オマージュ』の作中、登場する映画『女判事』はYouTubeで見ることができるという。まぁ、『女判事』という表題がそもそも象徴的にジェンダー問題をはらんでいて、今なら男でも女でも「判事」は「判事」だろう。ここはこの映画の肝心なところだ。考えてみれば「女性監督」「女優」だって用語としては最近までフツーに流通していた。今はやっと性別を問わず「監督」「俳優」と呼称するようになった。


 「判事」ではなく「女判事」、「作家」でなく「女流作家」というようなカテゴライズは早い話、その仕事に女性が就くのは特殊なことですよ、という含意だ。「女性監督」「女性指揮者」も同様だろう。それはどんなに窮屈なことか。その窮屈さに抗い、不自由さと闘わないことには、職種の前に「女」がつく不均衡は是正されない。先駆者は常に孤独だったろう。「女性初」である以上、まわりに(本当の意味で)理解してくれる人がいない。


 時を経て、映画の修復作業に携わりつつ、「韓国初の女性監督」の孤独を追体験していくプロセスが『オマージュ』の魅力だ。彼女の人となりが次第に浮かび上がっていくさまはミステリのようだ。刑事や探偵が「殺された女」の足取りをたどり、真相に近づいていくニュアンスに似ている。そして、ホン・ジェウォンもある意味、時代に「殺された女」であるともいえる。才能に恵まれながら、女性だからキャリアの壁にぶつかったのだ。


 主役のイ・ジョンウン(『パラサイト 半地下の家族』で家政婦の役を演じた人!)がとてもいい。先駆者のホン・ジェウォン監督がスタイリッシュでいかにも才走っているのに対し、現代のジワンは冴えない中年女性だ。仕事に行き詰まり、家庭でも立場がない。「現代の女性監督、あんまりカッコよくないなぁ」という設定になっている。観客にとって、よく見知った隣人のような、親しみのもてるキャラクターだ。


 ジワンの次回作が決まらないのは才能がないせいなのか、それともジェンダーの壁なのか。そこは映画のなかで詳(つまび)らかにならない。まぁ、だけどこれは関連している可能性もある。


 例えば日本映画の黄金時代、プログラムピクチャーがじゃんじゃん作られていた頃、付け合わせの併映作品のつもりで、勢いで撮った映画になかなかの輝きがあったりする。小説家の知人は「今はああいう勢いのあるコメディってないよね」と言う。


 「今は映画を1本撮ることが大変だから、ひとつの企画をぎゅーっと持って5年ぐらい経っちゃったりするから、その間に腐っちゃう」と言うのだ。まぁ、そんな作品ばかりでもないだろうが、ニュアンスはわかる。『オマージュ』のジワンがふんだんに作品を作れる状況にいたらアウトプットもぜんぜん変わるはずだ。この世には「うっかり、勢いで出来ちゃった名作」というものがある。チャンスに恵まれることは非常に重要なのだ。


 余談だが、興味深かったのは韓国では帽子の飾りに古いフィルムが使われていたらしいことだ。ジウンは死蔵された帽子を見つけて、その飾りになってたフィルムを繋ぎ合わせて、失われたカットを修復する。そういう細部もとても面白かった。



文:えのきどいちろう

1959年生まれ。秋田県出身。中央大学在学中の1980年に『宝島』にて商業誌デビュー。以降、各紙誌にコラムやエッセイを連載し、現在に至る。ラジオ、テレビでも活躍。 Twitter @ichiroenokido



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『オマージュ』

3月10日 (金) ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国ロードショー!

提供:ニューセレクト 配給:アルバトロス・フィルム

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