©Mobra Films-Why Not Productions-FilmGate Films-Film I Vest-France 3 Cinema 2022
『ヨーロッパ新世紀』クリスティアン・ムンジウ監督 エンパシーと愛について【Director’s Interview Vol.362】
チャウシェスク政権下、若い女性ふたりの壮絶な一日を描いた『4ヶ月、3週と2日』(07)でカンヌ国際映画祭パルムドールを受賞し、一躍ルーマニア映画の旗手として注目を浴びたクリスティアン・ムンジウ監督。続く『汚れなき祈り』(12)では同映画祭の女優賞と脚本賞をダブル受賞、『エリザのために』(16)では同監督賞に輝き、まさにカンヌの申し子となった。そんな鬼才の最新作『ヨーロッパ新世紀』は、吸血鬼ドラキュラの故郷として馴染み深いトランシルヴァニア地方の寒村が舞台だ。
ルーマニア人とハンガリー人に加え、少数のドイツ人やロマの人々が暮らす村では、地場産業を支えた鉱山が閉鎖され、働き手はより高収入を求めて西ヨーロッパに出稼ぎに出ている。人手不足に喘ぐ地元のパン工場がスリランカ人を雇い入れたことから、村は不穏な空気に包まれてゆく。東欧の小さなコミュニティを舞台に、世界各国で火種となっている問題をスリリングに描き出す傑作サスペンスの中、主人公たちを含む多民族の住人それぞれの怒りや恐怖に目を凝らし、その行動原理をスリリングに炙り出した鬼才に話を聞いた。
『ヨーロッパ新世紀』あらすじ
クリスマスを控えたある日、ドイツの食肉工場で働くマティアスは、「怠惰なジブシーめ」となじった上司に頭突きを見舞い、故郷の村へ舞い戻る。ところが関係が冷え切っている妻アナはマティアスを拒絶し、息子ルディは森で恐ろしいものを見て以来、言葉を失っていた。そんな息子の教育をめぐっても夫婦は対立し、マティアスは心の拠り所を求めて、かつての恋人シーラの元へ。シーラが経営を任された村のパン工場は、労働力不足を補うため、EUの補助金を得てスリランカ人労働者を雇い入れる。シーラは、はるばる働きに来た彼らをサポートするが、村の住人たちは外国人排斥の署名を集め始める。やがて小さな諍いは、村全体を揺るがす対立へと発展してゆく。
Index
人々の行動の基になるもの
Q:映画の中で描かれる外国人排斥運動は、2020年に実際にルーマニアで起こった事件をもとにしているそうですが、舞台をトランシルヴァニアに変えたのはなぜですか。
ムンジウ:トランシルヴァニアは、ルーマニアとオーストリア・ハンガリー帝国の間で覇権が争われた土地で、今でもルーマニア人とハンガリー人が混在して暮らしています。また歴史的にかつてドイツ人も住んでいたので、今もドイツ系の人もいますし、かつて使用人として連れてこられたロマの人々も住み着いています。そのため現代のトランシルヴァニアは、ポピュリズムの象徴的な場所になっているのです。とはいえ映画ではルーマニアに限定した話ではなく、ロシアとウクライナしかり、世界のどこでも起こっている話として描こうと思いました。
『ヨーロッパ新世紀』©Mobra Films-Why Not Productions-FilmGate Films-Film I Vest-France 3 Cinema 2022
Q:主人公のマティアスは一見、暴力的で利己的な男に見えますが、映画を見ていくうちに、より複雑で、混沌を抱えた舞台を背負った人物に見えてきます。そのほかの登場人物も、安易に善悪をつけるのではなく、それぞれの背景を描いて彼らに声を与えますね。
ムンジウ:マティアスは、西側的な視点で見ると、ひどく暴力的で、容認できないキャラクターに映ると思います。でも彼の態度がなぜ、こうなのか。また彼だけではなく、登場人物それぞれがなぜこういう行動をとり、それは何に基づいているのか。それらを考察する映画にしたいと思いました。ものの見方、考え方は、やはり属している社会や階層、経済や環境など、享受しているものに大きく影響を受けます。マティアスの場合は、より伝統的な社会で育った男ですから、男は外に出て働き、家にいて夫の話を聞き子供の面倒をみるのが女と、役割がはっきり決まっているのです。西洋的な観点でみると、それはまさに家父長制社会の因襲かもしれませんが、舞台となる小さなコミュニティでは、何百年、いや何千年と続いてきた伝統なのです。時代とともに夫婦に対する考え方も、人によって変わってきて、マティアスとアナのように衝突が生まれています。