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『ヨーロッパ新世紀』クリスティアン・ムンジウ監督 エンパシーと愛について【Director’s Interview Vol.362】

©Mobra Films-Why Not Productions-FilmGate Films-Film I Vest-France 3 Cinema 2022

『ヨーロッパ新世紀』クリスティアン・ムンジウ監督 エンパシーと愛について【Director’s Interview Vol.362】

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エンパシーと愛について



Q:マティアスとアナの夫婦関係は、育った環境、価値観の違いなどから修復不可能になっていて、息子ルディは板挟みになっています。


ムンジウ:それゆえにマティアスはジレンマを抱えているわけです。この変わっていく世の中でリスクを取ってでも人の話に耳を傾け、エンパシーに基づいて行動するのか。いざという時には、エンパシーを封印して生き残りをかけて武器をとって戦える闘争心を持った子供に育てるのか。でも、どちらが良いか、答えはなく、今あるのは将来への不安だけという時代です。


Q:寂しさを埋めるため、マティアスはハンガリー人のシーラに固執しますが、彼女から何度も「愛している?」と聞かれても、それに答えませんね。


ムンジウ:マティアスは、自分から「愛している」というなんて、社会から求められる自分のイメージにそぐわないと思っている男なのです。男だから泣いてはいけないとか、自分からやたらと「愛している」と言わないように育ってきたのです。その反面、彼はとても愛情を欲していて、本来は傷つきやすい人間だというのが、彼の抱える矛盾です。その本来の優しさや弱さを素直に見せることができれば、もっと愛されるのに、それができないんです。



『ヨーロッパ新世紀』©Mobra Films-Why Not Productions-FilmGate Films-Film I Vest-France 3 Cinema 2022



Q:映画の原題「R.M.N」(日本語ではMRI/核磁気共鳴画像法)について



Q:父に変わって「愛している」と言うのが、言葉を失っていた息子ルディというのも象徴的です。しかもドイツ系のルーツを教えたがる父に向かって、ルディがドイツ語で「愛している」と叫ぶので、見る者は泣かされます。


ムンジウ:ルディが象徴するものは無邪気さ、無垢さです。まだ教育され尽くしていない年頃で、これからどう世界と繋がっていくのかわらない段階です。暗がりや悪夢、親から愛されなくなることを恐れていますが、大人と違って嘘がない。逆にいうと、真実か嘘かまだ区別がつかない年齢でもあります。ですからマティアスのようにイメージや体裁によって躊躇することなく、本当に言いたい時、父親の気持ちに寄り添い、共感して「愛している」と発するのです。


ルディは、必要なときはこれで戦え!と父親から武器を手渡されますが、彼は期待された使い方ではなく、その武器を使って動物と遊びます。この映画に取り掛かる前に、脳の働きについてリサーチしたのですが、エンパシーを感じる前頭葉の機能は年をとっても衰えないそうです。それならルディは、このまま生涯にわたって共感力が強い人間でいる可能性がありますね。



『ヨーロッパ新世紀』©Mobra Films-Why Not Productions-FilmGate Films-Film I Vest-France 3 Cinema 2022


Q:脳といえば、映画の原題は「R.M.N」(日本語ではMRI/核磁気共鳴画像法)です。そしてマティアスは父親の脳のMRI画像を何度も見返していますが、彼はそこに何を見ているのでしょうか。


ムンジウ:人が特定の行動をとる場合、何がその行動を引き起こしているのか。私にとって、それは大いなる謎なのです。人の頭の中で何が起こっているのかを理解することが、最も難しく不思議なことに思えて、なぜ世界がこんなに混沌としているのか、なぜこんなことが起きるのか、なかなか明らかにならないわけです。人は何か悪いことが起きた場合、外的要因や環境のせいにしますが、もしかしたら、その悪いものは自分の中から来ているかもしれない。そんな思いで、マティアスは脳の画像を凝視しているのです。





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