オリジナルを知っている自分だけが混乱した
Q:セルフオマージュのような全く同じカットや演出も出てきます。フランスのカメラマンにはどのように伝えられたのでしょうか。
黒沢:今回のカメラマンは『ダゲレオタイプの女』(16)でも一緒にやった、アレクシ・カヴィルシーヌという非常に信頼できる方でした。ただ、彼がオリジナルを見てしまうと、どこか真似してしまったり、あるいは敢えて全然違う風に撮ったりと、どうしてもオリジナルとの距離を気にしてしまう。「絶対にオリジナルは見ないでくれ」とお願いしておきました。つまりスタッフは誰もオリジナルを見ていないわけですから、僕の采配ひとつなんです。あるところは同じように撮っていますが、カメラマンは同じかどうか分かっていない。場所も人も違うわけだから、当然全く同じには撮れないわけですが、でも僕一人だけが「ここは同じようになってるな」と思ったり、「似てるけど全然違うな」と思ったりして、一人で一喜一憂していました(笑)。撮っている方はよく分からないけど、監督がこうしろと言うからやっているという、非常に奇妙な経験でしたね。
セルフリメイクなんて初めてでしたし、どうやればいいのか分らなかったのですが、多くの人はオリジナルなんて観てないわけですから、全く同じようにやってみたり、全然違うようにしてみたりと、あまり深く考えずフィーリングで適当に混ぜながらやりました。よほど物好きの方はオリジナルと比較するかもしれませんが(笑)。
『蛇の道』© 2024 CINÉFRANCE STUDIOS – KADOKAWA CORPORATION – TARANTULA
ただ、僕は混乱したんです。監禁している場所で、カメラの手前で柴咲さんが溶接をしていて、真ん中辺りでマチュー・アマルリックが地べたに投げ出された食事を食べていて、奥でダミアン・ボナールが拳銃で試し撃ちをしているというシーンがあるのですが、それはオリジナル版でも全く同じことをやっているんです。ただし、左右逆転している。というのも、フランスで撮った場所だとどうしても逆に配置しないと良い感じにならなかったんです。それで僕一人だけがすごく混乱して悩んでしまった。「これ、逆でいいのかなぁ」と。撮っているカメラマンからすると、逆も何も分らないわけです。「これいいですよ!面白い」って言って撮ってくれるのだけど、僕だけは「面白いけど、これ逆だよなぁ」と。今でもあのシーンは変な感じがしますね。僕だけが妙な違和感を感じるんです。逆なんですよ(笑)。
Q:アングル等は普段から細かく指示を出すのでしょうか。
黒沢:ほかの監督がどうされているのか分かりませんが、僕は結構指示します。が、「画コンテ通りに撮ってくれ」とか、「こういう画角で撮ってくれ」といった指示は出しません。俳優の動きや関係性を踏まえて、その変化をどう収めたいかを伝えます。それが画としてどうなるかは分らないので、そこはやってみてのお楽しみですね。監督によっては、何も指示を出さない人もいるらしいし、この画の通りに撮ってくれという人もいるらしい。それからすると僕は真ん中辺り、平均ぐらいかなと。