フィックス撮影の魅力
Q:今回はカメラワークを封印してフィックス(固定)撮影で臨んだそうですが、演劇を作る感じとフィックスで捉えることは関連していた部分はあるのでしょうか。
堤:そうかもしれませんね。カメラが芝居をしてしまうと相殺してしまう部分がある。つまり、監督やカメラマンの主観が、演技の強さを殺してしまうんです。逆にそれを相乗効果だとして演出する場合もあるし、演技の方が強くてちょうどいいこともある。今回は一切そういう懸念もなく、カメラはとにかく固定して色んなアングルから何度も撮影しました。普段はあまりやりませんが、目にちゃんと光(アイキャッチ)を入れましたし、今回はそういう小津安二郎っぽい感じで撮るのが正解なのではないかと。昭和感みたいなものを出すという意味でも、カメラを固定して箱を作れば、逆に演技が跳ねて見えるのではないか。その狙いはありました。
Q:フィックスにすることで何か新しい感覚はありましたか。
堤:「一代記」とよく言いますが、10年ぐらいの時間が経過すると、同じ役者が演じていたとしても変化や成長が当然ある。そういうものを記録的に積み上げて撮っていくという意味では、カメラのフィックスに日本人は慣れているのだろうなと。もう50年近く色んなものを撮り続けてきましたが、結局は小津かぁと。そこは若干悔しいところですね(笑)。
その昔1989年頃、ニューヨークに行ってNHKと電通と一緒にハイビジョンカメラの開発をやっていました。それまでのテレビカメラは動きに弱く、海の波なんかを撮るとテレビ画面の走査線がジリついて非常に見辛いわけです。それでもフィルムの光学に負けない、激しいカメラワークに対応できる電気信号のカメラを作ろうと試行錯誤していました。またその後、吉永小百合さんの主演映画を撮る際に、小百合さんからデジタルではなくフィルムでの撮影を希望されたことがありました。それで、フィルムとデジタルそれぞれでカメラテストを行い、それをスクリーンで見比べていただいたのですが、小百合さんは「どちらも一緒ですね」とおっしゃった。「ついにデジタルの時代が来たぞ!」と思いましたね。
そんなこんなでいろいろな経験をしてきましたが、それが最後はフィックスに落ち着いた。何だか今までの自分の手法を否定しているようで、人生ってなかなかアイロニカルだなと(笑)。そういう意味ではちょっと万感こもったような感じもありますね。
『私にふさわしいホテル』 (C)2012柚木麻子/新潮社 (C)2024「私にふさわしいホテル」製作委員会
Q:撮影しているときに「動かしたい!」みたいな気持ちにはなりませんでしたか。
堤:それはなかったですね。もちろん動くシーンはいくつかあるんです。それでもほとんどがフィックスでした。今年公開された『夏目アラタの結婚』(24)や、自分たちで作った『THE KILLER GOLDFISH』(24)、来年公開される『page 30』(25)などは、もう激しくカメラワークしていて、従来の集大成的な撮り方になっています。でもこの映画だけは本当に我慢強いフィックスでやっている。もしそっちの方が観やすくて面白いという評価になるのであれば、本当にアイロニカルですよね(笑)。
激しいカメラワークでいうと、僕には戦友がいるんです。唐沢悟くんというカメラマンで、今回も撮影をお願いしています。僕が映画デビューしてすぐの頃は、映画で使うフィルムのカメラは重厚長大、まるで戦艦のようでした。監督ですら触るなというくらい神聖にして不可侵なもので、撮影技師の方の意見は絶対。それがすごく嫌で、当時はまだ学生のような唐沢くんとともにビデオカメラで色々と実験を始めました。その完成版が「金田一少年の事件簿」(95〜96 TV)というドラマで、それはもう動くなんてもんじゃなく、カメラが回って踊ってましたね。それを40年近く延々繰り返したわけです。でもまぁ、技法ありきというのはナンセンスなことで、やっぱり作品に応じて何がしっくりくるかが重要。「そんなことは30代で理解しなさい」とツッコミが来そうですが、70代手前にしてそれにやっと気がついた感じですね(笑)。
Q:映画自体に勢いがあるせいか、実はあまりフィックスの印象がなかったです。
堤:それはやはり、のんさんのルックの勝利でしょうね。すごく写りが良くてとても良かった。相手役の滝藤さんや田中さんも同じで、フレームに映える人々ばかりでした。のんさんの評判は色々と聞いていましたが、モニター越しに見ると本当に素晴らしかった。ご本人も魅力的ですが、撮った方がすごくいい。これは驚きました。オンとオフで全然違うんです。見事な方だなと思いましたね。
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監督:堤幸彦
愛知県出身。TVドラマ『金田一少年の事件簿』(’95-’96)で注目を集め、『ケイゾク』(’99)、『池袋ウエストゲートパーク』(’00)といった話題作の演出を手がけてきた。主な映画作品には、『劇場版 TRICK』シリーズ(’02-’14)、『劇場版 SPEC』シリーズ(’12-’13)、『イニシエーション・ラブ』(’15)、『天空の蜂』(’15)、『ファーストラブ』(’21)、など。
取材・文: 香田史生
CINEMOREの編集部員兼ライター。映画のめざめは『グーニーズ』と『インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説』。最近のお気に入りは、黒澤明や小津安二郎など4Kデジタルリマスターのクラシック作品。
撮影:青木一成
スタイリスト:関恵美子
『私にふさわしいホテル』
12月27日(金)全国ロードショー
配給:日活/KDDI
(C)2012柚木麻子/新潮社 (C)2024「私にふさわしいホテル」製作委員会