
©2024 ARENAMEDIA PTY LTD, FILMFEST LIMITED AND SCREEN AUSTRALIA
『かたつむりのメモワール』アダム・エリオット監督 手作りのストップモーションに惹かれるのは人間の本能【Director’s Interview Vol.498】
映像テクノロジーの進化とともに、今や実写と区別がつかないほどリアルな表現も可能になったアニメーション。しかし同時に、アニメーション本来のアナログな魅力を追求し続けるクリエイターが存在するのも事実だ。そのアナログの最たる例がストップモーション・アニメ。モデルをわずかに動かし、1コマずつ撮影し、動いているような映像を完成させる。ティム・バートン、ウェス・アンダーソン、ギレルモ・デル・トロら巨匠も愛して止まないこの手法を、自らのスタイルとして貫き通しているのが、オーストラリアのアダム・エリオット監督だ。
当然のごとくストップモーションは製作に長い時間を要する。初の長編作『メアリー&マックス』(09)から15年。ようやく長編2作目の『かたつむりのメモワール』(24)をエリオット監督は完成させ、アカデミー賞長編アニメーション賞ノミネートなど数多くの栄誉がもたらされた。なぜ、そこまで手間がかかるストップモーションにこだわるのか。ストーリーや表現にどのようなこだわりがあるのか。来日した彼に聞いた。
『かたつむりのメモワール』あらすじ
幼い頃から周囲に馴染めず、孤独を抱えて生きてきた女性グレース。カタツムリを集めることだけが心の拠り所だった彼女が、個性豊かな人々との出会いと絆を通して少しずつ生きる希望を見出していく…。
Index
創作したキャラクターすべてに自分が宿る
Q:『かたつむりのメモワール』では、主人公のグレースと双子の弟ギルバートが、父の死によって離ればなれの人生を送ります。かたつむりを心の拠り所にして、絵を描くことが好きになる孤独なグレース、キリスト教への信仰心が強い里親に反発するギルバートといったメインの登場人物には、あなた自身が反映されているのですか?
エリオット:私が作る映画に登場するすべてのキャラクターが、私の分身です。完璧な分身とは言えなくても、どこかに私の一部が宿っているからです。グレースの内向的な性格や、「誰にも自分を理解してもらえない」という感覚は、まさに私そのもの。映画業界でここまでストップモーション、それも大人向けの作品にこだわり続けるのは私くらいなもので、その気持ちはおそらく誰からも理解されていません(笑)。ギルバートは私自身により近いでしょう。抑圧を受け、怒りやフラストレーションを溜め込みながら自由になるべくもがいていますから。
Q:孤独なグレースの親友となる年上女性のピンキーは、かなり自由奔放で強烈なキャラクターです。そこにもあなたの一部が入っているのですね。
エリオット:ピンキーには「なりたい自分」という願望が込められています。ピンキーは他人の考えを気にせず、恥ずかしいという感覚もない自由な精神の持ち主。そのうえで思慮深さもあるので、私だけでなく誰もが憧れるキャラクターでしょう。彼女のモデルになったのはアヌシー国際アニメーション映画祭で会ったアニメ愛好家で、なんとキューバの英雄、フィデル・カストロと卓球をしたこともある人。あまりに驚いたので、そのエピソードも本作に入れました。
『かたつむりのメモワール』©2024 ARENAMEDIA PTY LTD, FILMFEST LIMITED AND SCREEN AUSTRALIA
Q:ストップモーションにこだわる理由は何ですか?
エリオット:自分の手で何かを創造するのが好きなんです。私の友人にはコンピュータを使うアニメーターもたくさんいますが、私はコンピュータの前に座り続けて作業するのは不可能。観る側にとっても、手作りのストップモーションは楽しいと思います。粘土(クレイ)のモデルに残った指紋を発見すれば、心がときめかないですか? これだけCGIが進化し、今やAIもアニメを作る時代に、それでもストップモーションが愛されるのは、多くの人に「やはり手作りがいい」という本能が残っているから。本作のエンドクレジットには「この映画は、すべて人間によって作られた」と記しました。
Q:劇中の炎や煙も、CGや合成処理ではない、ということですね。
エリオット:炎には黄色いセロハン、煙には脱脂綿を使用しています。雨が地面に落ちた時に上がる水しぶきは、プチプチの緩衝材で表現しました。
Q:先ほど「大人向けにこだわる」と話していたように、本作にはブラックな描写やセンシティヴな表現も盛り込まれています。
エリオット:映像表現以上に重要なのがストーリーです。脚本を磨き上げることに、私は最も執着します。オーストラリアで本作はPG指定で劇場公開され、14歳以下の子供たちは親の同伴が必要でした。幸い日本ではG指定で誰でも観られるようです。ただ本作は思いのほか、ティーンエイジャーから反響がありました。彼らはグレースやギルバートに強烈に共感しているのです。おそらくコロナのパンデミックで孤独な時間を長く過ごしたからだと思います。