(C) ARENA FILMS / POLA PRODUCTION / THÉO FILMS / FRANCE 2 CINÉMA / PANDORA FILMPRODUKTION / EURO SPACE / VEGA FILM
『ポーラX』美しい傷跡、強い傷跡、愛されたという傷跡
『ポーラX』あらすじ
ピエールは母マリーや婚約者リュシーとともに裕福で満ち足りた田園生活を送るが、やがて「姉」と称して闇の世界から現れたボスニア難民イザベルの抗しがたい魅力に引き寄せられ、全てを捨てて彼女とパリに出る。ピエールとイザベルはお互いの魂を強烈に求め合いながら、螺旋状の暗闘を深く下降してゆく。
Index
深淵への転落
闇が光を食いつくす映画である。光は闇へ。闇は錆へ。レオス・カラックスのフィルモグラフィー上、最大の問題作といわれる『ポーラX』は、1999年のカンヌ国際映画祭で上映される。予算の超過や天災、事故、制作の困難を極めた『ポンヌフの恋人』(91)の発表以降、レオス・カラックスには“手に負えない芸術家”としての悪評が付きまとっていた(しかしほとんどの原因は彼だけのせいではないのだが)。パートナーだったジュリエット・ビノシュとの別れ。「アレックス3部作」の撮影監督ジャン=イヴ・エスコフィエとの断絶。3部作をプロデュースしたアラン・ダアンの死。8年の歳月。鉄壁だったチームの解散。カンヌ国際映画祭のレッドカーペットに登場する当時38歳のレオス・カラックスからは、カリスマ性だけでなく、いつも以上に警戒心が強く、攻撃的な雰囲気が感じられる。
『ポンヌフの恋人』は、映画の全能感を信じている作品だった。光の爆発である。しかし『ポーラX』において、光の力は強大な闇の力に呑み込まれていく。深淵に引きずり込まれていく。主人公ピエール(ギョーム・ドパルデュー)は、大きく開いた世界の傷口の、闇の奥へ奥へと深く潜っていく。傷らだけのピエール。ピエールが恋人のリュシー(デルフィーヌ・シュイヨー)の首元にキスの痣をつけたように、イザベルはピエールの首元に痣をつける。吸血鬼的ともいえるキスマークは、取り返しのつかない美しい傷跡となっていく。「ぼくらはどこに?」。傷ついたピエールの問いに、イザベル(カテリーナ・ゴルベワ)は答える。「すべての外に」。行きつくところまで行ってしまった映画である。“レオス・カラックスは映画界を去るかもしれない”。当時の批評には、この映画の緊急性、切迫感がよく表わされている。

『ポーラX』4Kレストア版 (C) ARENA FILMS / POLA PRODUCTION / THÉO FILMS / FRANCE 2 CINÉMA / PANDORA FILMPRODUKTION / EURO SPACE / VEGA FILM
『ポーラX』は観客の激しい嫌悪を呼ぶことになる。“恐るべき子供の帰還”は、批評的にも興行的にも失敗する。レオス・カラックスのキャリアは、『ポンヌフの恋人』のとき以上の大打撃を受けてしまう(次作の長編『ホーリー・モーターズ』(12)を撮るまで13年かかっている)。それでも今日において、『ポーラX』をレオス・カラックスの最高傑作と讃える者は、世界各地に点在している。筆者もその一人である。ジャック・リヴェットは、「過去10年間でもっとも美しいフランス映画」であると、この作品を称賛している。
『ポンヌフの恋人』と『ポーラX』の間に“断絶”があるわけではない。むしろこの作品は「アレックス3部作」と多くのつながりがある。良家の息子がホームレスの女性と歩む物語は、『ポンヌフの恋人』の男女の役割を反転させたものだ。また、ピエールを追いかけるブロンドヘアの恋人リュシーは、『汚れた血』(86)でジュリー・デルピーが演じた“バイクに乗った天使”リーズのイメージに近い。『汚れた血』のリーズ=ジュリー・デルピーのブロンドヘアは、その後のレオス・カラックスの“髪”に対するこだわり、創造のインスピレーションになったと思われる。『ポーラX』は、ブロンドのピエールとマリー(カトリーヌ・ドヌーヴ)、リュシーと、黒髪のイザベルとティボー(ローラン・リュカ)の物語である。それはこの作品が光と闇に関する映画であることと、象徴的に強く結びついている。