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『アネット』レオス・カラックスの人生と深く結びつく「変奏」 ※注!ネタバレ含みます。
※本記事は物語の核心に触れているため、映画をご覧になってから読むことをお勧めします。
『アネット』あらすじ
ロサンゼルス。攻撃的なユーモアセンスをもったスタンダップ・コメディアンのヘンリーと、国際的に有名なオ ペラ歌手のアン。“美女と野人”とはやされる程にかけ離れた二人が恋に落ち、やがて世間から注目されるようにな る。だが二人の間にミステリアスで非凡な才能をもったアネットが生まれたことで、彼らの人生は狂い始める。
Index
浸食された月
「群衆はいつでもあなたを嘲笑っている。だが一日だけはあなたに同情を示す」「群衆の大きさなど誰にもわからない。だが足を踏み入れた瞬間その正体を現す」(『群衆』/キング・ヴィダー監督/1928)
レオス・カラックスの『アネット』(21)は、「息すらも止めてください」と注意を喚起するナレーションに続き、エドゥアール=レオン・スコット・ド・マルタンヴィルによる「月の光に」で始まる。アピチャッポン・ウィーラセタクンも『MEMORIA メモリア』(21)で引用した、世界で初めて録音された人の歌声。レオス・カラックスは自身が突き動かされる「動機」に立ち返っていることを冒頭で示している。それは、エティエンヌ=ジュール・マレーによる「写真銃」を引用することで、映画を撮ることの「動機」、映画を動かす原理に立ち返った『ホーリー・モーターズ』(12)と同じだ。そしてレオス・カラックスの映画の主人公たちは、身体の内側から突き上げてくるような強い「動機」を追い求め、いつもそれに挫折してしまう。
『アネット』予告
スクリーンに露出される俳優の顔、そして身体の強さと脆さ。不完全さへ向かうことの恐怖を、美しさが手招きする。『アネット』では身体のみならず、それが歌声にまで浸食していく。カメラという記録=視線を通すことで、内側と外側の平衡感覚を徐々に消失していく。内側にあったはずの声は、外側=群衆に浸食されていく。内なる声は恐怖に浸食されていく。月の光に忍び寄る黒い影のように。
どんどん怪物化していくスタンダップ・コメディアンのヘンリー(アダム・ドライバー)は、その行動原理を恐怖に支配されている。大人気オペラ歌手のアン(マリオン・コティヤール)は、舞台でも私生活でも繰り返し「怖い」と囁き続ける。そして二人の間に生まれた赤ん坊にしてパペット人形のアネットが、不完全な美の象徴そのものとして君臨する。彼らの胸に巣食う脅威とは何か?アンは舞台上で切々と歌い上げる。
「怖い/なぜかしら/星明りはどこ/あなたが怖い/その瞳の奥の何かが」
その言葉は『ホーリー・モーターズ』のミシェル・ピコリによる「美は見る者の瞳の奥に宿る。でも見る人がいなくなってしまったら?」という台詞と呼応している。