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『MEMORIA メモリア』記憶の彼方からやってくる「波動」に耳を傾ける

©Kick the Machine Films, Burning, Anna Sanders Films, Match Factory Productions, ZDF/Arte and Piano, 2021.

『MEMORIA メモリア』記憶の彼方からやってくる「波動」に耳を傾ける

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『MEMORIA メモリア』あらすじ

地球の核が震えるような、不穏な【音】が頭の中で轟く―。とある明け方、その【音】に襲われて以来、ジェシカは不眠症を患うようになる。妹を見舞った病院で知り合った考古学者アニエスを訪ね、人骨の発掘現場を訪れたジェシカは、やがて小さな村に行きつく。川沿いで魚の鱗取りをしているエルナンという男に出会い、彼と記憶について語り合ううちに、ジェシカは今までにない感覚に襲われる。


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優美な屍骸



 美学的な集大成となった大傑作『光りの墓』(15)を経て、タイで長編映画を撮ることにしばらくの別れを告げたアピチャッポン・ウィーラセタクン。彼は南米コロンビアへと旅に出た。タル・ベーラの映画学校に特別講師として招かれた際、自分の国を出て映画を撮ることの危険を忠告されていたアピチャッポンは、タル・ベーラの心配をよそに、新たな傑作『MEMORIA メモリア』(21)を完成させた。そこには、稀代の俳優ティルダ・スウィントンとの無二のコラボレーションが導く、アピチャッポンの新たな探求が記録されている。これまでの二人が歩んできたキャリアの道程が、本作で理想的なマリアージュを迎えている。ティルダ・スウィントンの存在抜きには、このプロジェクトは考えられない。


 これまでのアピチャッポンの作品がそうだったように、本作は、夢想と現実、経験主義と潜在意識、寓話と歴史、その他、あらゆる境界を予め取り払っている。静止画のように始まるファーストショット。突然、真夜中に爆音が鳴り響く。ベッドから起き上がるジェシカ(ティルダ・スウィントン)の姿を、カメラは薄明りの逆光で捉え続ける。ジェシカの顔は深い影に包まれていて、一切の表情を読み取ることができない。やがてゆっくりとカメラが窓際にパンニングしていくと、部屋の奥からフラフラとした人影が寄ってくる。この恐るべきショットの中で、ジェシカの身体は既に分裂している。


『MEMORIA メモリア』予告


 ジェシカという名前が、ジャック・ターナー監督による傑作『私はゾンビと歩いた!』(43)から引用されたことを含め、本作のヒロインは存在自体が亡霊のようだ。撮影時のキーワードになったという「まるで水中を歩くように」という演出。ジェシカの動きは、とてもゆっくりとしている。いわば仮死の身体。ジャンヌ・バリバール演じる考古学者アニエスの言葉でいうところの「臓器なきダンス」。


 長編デビュー作『真昼の不思議な物体』(00)で、シュールレアリスムの「優美な屍骸」の概念を取り入れたアピチャッポンの姿勢は、始めから一貫している。「優美な屍骸」という共同制作の概念は、他の制作者が何を制作しているのかを知らないまま自分のパートを制作し、最終的に作品として組み合わせる「ゲーム」のこと。このゲームにおいては、他者の視点が脈絡もなく融合することで、自分という枠組みが破られていく。


 それは脈絡のないモチーフが入り乱れる夢の枠組みと似ていて、『真昼の不思議な物体』撮影時のフッテージで制作された傑作短編『第三世界』(97)で語られる筋書きのない夢の語りを思い出す。「遠くで人が歩いているのが見えた。彼は私に何度も聞いてきた。何が見えますか?」。アピチャッポンの映画は、視覚と聴覚の様々な時空を一つの連続体として捉え、記憶の彼方からやってくる「波動」に耳を傾ける。『MEMORIA メモリア』は、目で聴き、耳で視る映画なのだ。




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