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『MEMORIA メモリア』記憶の彼方からやってくる「波動」に耳を傾ける

©Kick the Machine Films, Burning, Anna Sanders Films, Match Factory Productions, ZDF/Arte and Piano, 2021.

『MEMORIA メモリア』記憶の彼方からやってくる「波動」に耳を傾ける

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未知との遭遇



 「記憶がどのように働き、経験、特に映画を見る経験によってどのように形成されていくのかに、とても興味があります。私たちの世代にとって、物事をどのように記憶するかという点で、映画は大きな影響を及ぼしていると思います。このような観点から、物理的な世界と、俳優や観客の内面的な世界の両方で何が起こっているのかを見つめることに、映画制作の主眼を置いています。それはほとんど演劇のようなもので、見るためのゲームのようなものです」(アピチャッポン・ウィーラセタクン)*3


 音響スタジオの男と同名の、川のほとりにいる男エルナン。夢を見ないと語るエルナンに、ジェシカは眠ってみるように促す。エルナンは目を開いたまま草むらで眠りに落ちる。まるで仮死状態にあるかのようなエルナン。眠る前にエルナンはジェシカに告げていた。「経験は有害だ。記憶の嵐が制御できなくなる」。エルナンは転がる石の記憶を読み込むことができる。同じように、樹々や人間の身体には記憶が宿っているという。そこにはエルナンの言葉と相反するように、記憶の嵐による経験の有害さが浮かび上がってくる。



『MEMORIA メモリア』©Kick the Machine Films, Burning, Anna Sanders Films, Match Factory Productions, ZDF/Arte and Piano, 2021.


 『光りの墓』には、かつての王宮の記憶、建物の記憶によって、人々が操り人形のように動いていく美しいシーンがある。アピチャッポンが貝殻に耳を当てるように辿っていく記憶=波動には、土地の悲しみだけでなく、そこに生きた人々の他愛のない可笑しみの歴史までもが、分け隔てなく含まれている。「優美な屍骸」の概念の追求は終わらない。しかしそれ以上に、アピチャッポンの映画に多くの笑いの要素が含まれていることは、彼自身のユーモラスで穏やかな佇まいを感じずにはいられない。明らかに尖鋭的な映画を撮りながらも、アピチャッポンの広大な画面は誰をも迎え入れる準備ができている。


 コロンビアを本作の舞台とし、不安定な政情を含めたこの土地の歴史に、タイの土地との類似点を探求していったアピチャッポンとティルダ・スウィントン。「目で聴き、耳で視る」試みの壮大な実験ともいえる『MEMORIA メモリア』の終盤の凄まじい音響には、エドゥアール=レオン・スコット・ド・マルタンヴィルによる人類最初の人の声の録音がミックスされているという。


 本作の「波動」が放つ射程距離はあまりにも広大だ。大きく目を開いて世界を見ることを求められた『光りの墓』の女性のように、この作品や映画、世界に向けて耳を澄ませていきたい。そこには忘却の彼方に追いやられてしまった思いもよらぬ記憶の発見があるはずだ。完成した作品の「波動」に耳を澄ませたアピチャッポンは、子供の頃に見た『未知との遭遇』(77)の記憶を発見したとのことだ。


*1 Variety [Tilda Swinton Talks ‘Doctor Strange,’ Working With Netflix and the Magic of Film Festivals]

*2 Hollywood Reporter [Apichatpong on Making ‘Memoria’ in Colombia With Tilda Swinton]

*3 Sence of Cinema [A Homeland Swansong: Apichatpong Weerasethakul on Cemetery of Splendor]



文:宮代大嗣(maplecat-eve)

映画批評。ユリイカ「ウェス・アンダーソン特集」、リアルサウンド、松本俊夫特集パンフレット等に論評を寄稿。




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『MEMORIA メモリア』

2022年3月4日(金)より、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷にて公開中

配給:ファインフィルムズ

©Kick the Machine Films, Burning, Anna Sanders Films, Match Factory Productions, ZDF/Arte and Piano, 2021.

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