© 2020 CG Cinéma International / Théo Films / Tribus P Films International / ARTE France Cinéma / UGC Images /DETAiLFILM / Eurospace / Scope Pictures / Wrong men / Rtbf (Télévisions belge) / Piano
『アネット』レオス・カラックスの人生と深く結びつく「変奏」 ※注!ネタバレ含みます。
変奏のアネット
「映画を作るということは、自分の恐れや疑問をそこに込めるということで、自分が誰であるかということよりも、自分が何を疑問に思っているか、何を恐れているかということを反映したものになると思います。誰もが自分はダメな父親なんじゃないかと不安になる。どんな父親でもそのような恐怖を抱いているもので、この作品はその恐怖を追求したものです」(レオス・カラックス)*3
『ポンヌフの恋人』(91)に、酔いつぶれた恋人たちを上空の俯瞰で捉えた夢魔的で不自然なショットがある。ポンヌフ橋で寝そべる恋人たちに対して、転がっている酒瓶の大きさが過剰に大きい。酔いの夢のようであり、子供の見る夢のような俯瞰ショット。ヘンリーとアネットがボートで流れ着いた島において、月明かりに照らされ歌い始めるアネットと、倒れながら彼女を見つめるヘンリーを、背後から縦構図のローアングルで捉えたショットは、不可思議な印象を与える。あれほど大人の身体をしたヘンリーが、まるで少年のように逆光のシルエットで収まっているのだ。無造作な髪の乱れや、アネットのマジカルな歌声も相俟って、ヘンリーのシルエットは、少年が夢を見ているような印象を与える。続くシーンで、ヘンリーがアネットと共に、その大きな身体をベビーベッドに収めてしまうショットで、彼の退行的幼児化、類人猿化(「The Ape of God」化)は完了を遂げる。
『アネット』© 2020 CG Cinéma International / Théo Films / Tribus P Films International / ARTE France Cinéma / UGC Images /DETAiLFILM / Eurospace / Scope Pictures / Wrong men / Rtbf (Télévisions belge) / Piano
ロミー・シュナイダーのインタビュー映像を参考資料にしたというアン役に関しては、自信と弱さの間を行き交う彼女の振る舞いが研究されたという。しかし、それ以上にアンのイメージの源として想起させられるのは、『ポーラⅩ』のイザベル(カテリーナ・ゴルベワ)である。闇の森の中で、ウソか本当か分からない話を呪文のように口にしたイザベル(イザベル役が憑依したカテリーナ・ゴルベワは、台本にない言葉も発していたそうだ)。アンの行きつく運命に、イザベルが発した「友達はみな、海の底にいる」という台詞を思い出す。『ポーラⅩ』のロングバージョン『ピエール、あるいは諸々の曖昧さ』には、開かずの部屋にアンの行く末と同じイメージが隠されていた(通常の本編と同じく部屋には何も隠されていなかったという設定で終わる第一話に続き、第二話の冒頭で幻視のイメージとして反復される)。このイメージは『群衆』と同じく、レオス・カラックスがこだわる『狩人の夜』(55)の「変奏」だが、長編デビュー作『ボーイ・ミーツ・ガール』の冒頭シーンもしかり、レオス・カラックスが水辺の映画作家だったことを改めて思い出す。
レオス・カラックスによる「変奏」は、彼の人生と強く結びついた「再発明」である。『アネット』においては、思春期の娘を持つレオス・カラックスの現在やこれまでの人生と分かちがたく結びついている。「深く愛し合う二人」は「もうあなたには何も愛せない」という歌詞で変奏される。娘から父親に突きつけられる剥き出しの「歌声」。アネットによる「歌声」の暴力的なまでの響きは、映画が終わっても席を立てず途方に暮れてしまうほどだ。
「何かが壊れそう/でもいったい何が?/それは喜ぶべきか/恐れるべきか?」
『アネット』は、広がった傷の大きさを直視することで、その傷を私たちの人生に「変奏(継承)」していかなければならないことを教えてくれる。あるいは傷口を見ないように生きる人生を選ぶのか。私たちはギリギリの選択を突きつけられる。二十一世紀を代表する途方もない傑作の誕生だ。
*1 「レオス・カラックス 映画を彷徨うひと」(フィルムアート社)
*2 Filmmaker Magazine [Leos Carax’s Green Period: DP Caroline Champetier on Annette and Her Work with Jacques Rivette, Claude Lanzmann and Philippe Garrel]
*3 NY Times [Leos Carax on ‘Annette’ and the Cinema of Doubt]
映画批評。「レオス・カラックス 映画を彷徨うひと」、ユリイカ「ウェス・アンダーソン特集」、リアルサウンド、装苑、otocoto、松本俊夫特集パンフレット等に論評を寄稿。
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『アネット』
4/1金 ユーロスペースほか全国ロードショー
配給:ユーロスペース
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