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『IT’S NOT ME イッツ・ノット・ミー』おやすみなさい、こどもたち ベイビー・アネットの瞳の先へ

©Jean-Baptiste-Lhomeau

『IT’S NOT ME イッツ・ノット・ミー』おやすみなさい、こどもたち ベイビー・アネットの瞳の先へ

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『IT’S NOT ME イッツ・ノット・ミー』あらすじ

パリの現代美術館ポンピドゥーセンターはカラックスに白紙委任する形で展覧会を構想していたが、「予算が膨らみすぎ実現不能」になり、ついに開催されることはなかった。その展覧会の代わりとして作られたのが『IT‘S NOT ME イッツ・ノット・ミー』である。ポンピドゥーセンターからの問いかけは、カラックスの今いる位置を聞いたものだったが、カラックスはそれをもっと根源的に捉え直し、自分がどこから来てどこへ行くのかという答えのない謎に地の底から響くような低い声で口籠もりながら語ってゆく。家族について、映画について、20世紀と独裁者と子供たちについて、死者たちについて、そして「エラン・ヴィタル(生の飛躍、生命の躍動)」(ベルクソンの言葉)について。


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スピードのほほ笑み



 1960年に生まれたレオス・カラックス。2005年に生まれたナスチャ・ゴルベワ・カラックス。父親が娘に送る手紙。『IT’S NOT ME イッツ・ノット・ミー』(24)は、20世紀に生まれた者が21世紀に生まれた若者に贈る映画だ。同時にこの映画はレオス・カラックスによる自己批評として機能している。あるいは自己=事故批評のような映画といえる。


 レオス・カラックスの映画を愛してきた者は、胸が張り裂けるような思いになるだろう。この映画に描かれた事故のような出会い、身体のほとばしり、そして疾走する愛に。『汚れた血』(86)の主要テーマであったことに留まらず、レオス・カラックスが手掛けてきたすべての映画におけるテーマといえる「スピードのほほ笑み」(フランスの音楽家レオ・フェレの歌詞)。ここには映画を再発明することへの子供のような喜びが溢れている。しかしレオス・カラックスは、20世紀に生まれた者たちに向け、“大人になれ”と言う。“責任をまとえ”と言う。“イッツ・ノット・ミー(僕じゃない)”と、子供のように駄々をこねてやり過ごすことは、もう許されないのだと主張する。怒りの矢、その標的は、当然のようにレオス・カラックス自身にも向けられている。20世紀を生きた大人への怒りと恐怖と疑問。レオス・カラックスの描く20世紀には、呪いや懺悔の念が色濃く滲んでいる。



『IT’S NOT ME イッツ・ノット・ミー』© 2024 CG CINÉMA • THÉO FILMS • ARTE FRANCE CINÉMA


 レオス・カラックスのフィルモグラフィーにおいて、“怒り”が表明されていると初めて明確に認識できた映画は、カンヌ国際映画祭50周年のために撮られた短編『Sans Titre(無題)』(97)だろう。20世紀の終わりが近づく頃に撮られたこの映画は、方法論的にも『IT’S NOT ME イッツ・ノット・ミー』の完全なプロトタイプだ。『Sans Titre(無題)』が『ポーラX』(99)のテーマとつながる“姉”をテーマにしていたのに対し、『IT’S NOT ME イッツ・ノット・ミー』は“娘”をテーマにしているといえる。


困難を極めた『ポンヌフの恋人』(91)の撮影後に、レオス・カラックスはドニ・ラヴァン、ジュリエット・ビノシュ、撮影監督のジャン=イヴ・エスコフィエといった、鉄壁のグループを解散する。レオス・カラックスは撮影時まだ20代。『ポンヌフの恋人』は20代のすべてを捧げた美しき結晶であり、全速力で駆け抜けた20代への別れの映画でもある。そして『IT’S NOT ME イッツ・ノット・ミー』は、本当の別れになってしまった、亡きジャン=イヴ・エスコフィエに捧げられている。


ポンヌフの恋人』以後、映画を撮る情熱を失いつつあったレオス・カラックスは、ボスニアの紛争地をはじめ、東欧の地を旅している。このときの経験が『ポーラX』の冒頭に描かれた、墓場を空爆する強烈なシーンへとつながっている。『Sans Titre(無題)』には、既にこのシーンが描かれている。レオス・カラックスは、ジャン=リュック・ゴダールの声色を真似たような声を映画に響かせた。「世界の箍(たが)が外れてしまった。何の因果か、それを直す役目を負うとは」。



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