『オアシス』あらすじ
兄の身代わりとなり投獄され、最近出所した青年ジョンドゥは、家族のもとへ戻るものの、皆から煙たがられていた。ある日、被害者家族のアパートを訪れた彼は、寂しげな部屋で一人取り残された女性コンジュと出会う。脳性麻痺を患うコンジュは、部屋の中で空想の世界に生きていた。二人は互いに心惹かれ合い、純粋な愛を育んでいくが、周囲の人間は誰一人として彼らを理解しようとはしなかった。そして、ある事件が起こる…。
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名もなき男とプリンセス
筆者がイ・チャンドン監督の『オアシス』(02)と邂逅したのは、だいぶ遅い。それは、2019年のリバイバル公開時のことだった。脳天にハンマーを振り落とされたかのような衝撃。魂が震わされるような体験。世の中にはこんな物凄い映画があるのか、と観終わったあと放心状態になってしまったことを覚えている。未見の方は、マジで可及的速やかに鑑賞していただきたい。
物語は、ひき逃げ事件の刑期を終えたばかりの青年ジョンドゥ(ソル・ギョング)が、家族のもとに戻るところから始まる。だが、一家の厄介者である彼を歓迎する者は誰もいない。やがて、謝罪のために被害者遺族のアパートを訪ねると、そこには脳性麻痺のために体が不自由な女性コンジュ(ムン・ソリ)がいた。発語もままならないため、会話は困難。ジョンドゥとコンジュはやがて不思議な連帯感を抱き、互いにとってかけがえのない存在となっていく。
『オアシス 4Kレストア』(C) 2002 Cineclick Asia All Rights Reserved.
「『オアシス』はただのラブストーリーだ。特別なきっかけがあったわけでもなく、以前から愛の物語を作りたかったし、そんな愛をしてみたいという内なる欲望があった。 また、絶望の中でも愛することができることを見せたかった」(*1)
と、イ・チャンドンは語る。そう、この映画はただのラブストーリーだ。男と女が出会い、恋をする、普遍的な愛の物語。物語が進むにつれ、ジョンドゥは轢き逃げした兄の身代わりとなって刑務所に入り、コンジュはたった一人で古いアパートに取り残されていることが判明する。だがおそらくイ・チャンドンは、韓国の社会問題にメスを入れたい訳ではないだろう。世界の片隅に追いやられたアウトサイダー同士の恋を、ある時は驚くほど冷徹に、ある時は驚くほど優しい眼差しで、その断片を切り取っていく。
「昔の僕は迷路の中で行き先を見失っていた 生きる理由なんて分からなかった でも君がいたから僕は生きてこられた 君にすべてを捧げたい 君のために 歩いてあの空まで」
ジョンドゥがカラオケで愛する人への想いを熱唱すると、コンジュは駅のホームで、こんな風に優しく歌う。
「私がもし空だったら あなたの顔に染まりたい 赤く色づく夕日のように あなたの頬に染まりたい」
ジョンドゥ=ジョン・ドゥは英語で<名前のない男性>を意味する隠語であり、コンジュは韓国語で<姫>を表す。そう、『オアシス』は名もなき男がプリンセスに恋をした物語なのだ。二人が初めて出会ったシーンを思い出して欲しい。彼女は手鏡で部屋を照らし、その光がジョンドゥの目に直撃して、何度も眩しそうな表情を浮かべる。ジョンドゥにとってコンジュは、最初からまばゆい存在だったのだ。