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『オアシス』境界線を越境するラブストーリー

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『オアシス』境界線を越境するラブストーリー

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そこに佇んでいるかのような実在感



 この映画は、出所したばかりのジョンドゥがバスから降りるところから始まる。真冬だというのに、着ているのは半袖のシャツ。幾度となく鼻をすすり、肩を怒らせながら猫背で歩き回る姿は、チンピラ以外の何者でもない(どうでもいいことだけど、どこか風体がお笑いコンビ「笑い飯」の哲夫に似ていると思うのは筆者だけだろうか?)。アパートの屋上からツバを吐いたり、店先で豆腐をガツガツ食べたり、女子高生に小銭をせびったり、明らかに不審者丸出しの挙動。当然彼の周りに人は寄ってこない。イ・チャンドンはものの数分で、彼が社会から疎外されている存在であることを明示する。


 もはやジョンドゥという人間がそこに佇んでいるとしか思えない、ソル・ギョングの卓越した演技力。いや、憑依力というべきか。爬虫類のように舌を出し、いつもヘラヘラと笑い、所在無さげに貧乏ゆすりをしている。筆者はこの映画を『ペパーミント・キャンディー』(99)と立て続けに観たのだが、その主人公キム・ヨンホとジョンドゥが同じ俳優によって演じられていることに、全く気づかなかった。俳優というものは、同じ肉体の中にここまで別人格を宿すことができるのか、と心の底から驚愕した。



『オアシス 4Kレストア』(C) 2002 Cineclick Asia All Rights Reserved.


 アル・パチーノ、ロバート・デ・ニーロ、ショーン・ペン、ケイト・ブランシェット。ソル・ギョングもまた、彼らと並び称されるべき“カメレオン俳優”だ。もちろん、コンジュを演じるムン・ソリも同様である。彼女は、『ペパーミント・キャンディー』のユン・スニム役で俳優デビュー(筆者は、彼女もコンジュと同一人物であることが認識できなかった)。偉大な監督の元で、演技とは何かを徹底的に学んだ。


 「これまで何人かの大物監督と仕事をしてきましたが、本当に影響を受けた監督を挙げるとすれば、イ・チャンドンでしょう。私の俳優デビュー作である『ペパーミント・キャンディー』で、私の映画キャリアをスタートさせてくれた監督です。歩き方や食べ方を学ぶ子供のように、私は彼から多くのことを学びました」(*2)


 彼女は大学で教育学を学び、障害のある若者たちと一緒に過ごした経験があった。『オアシス』で脳性麻痺患者という難役を演じるにあたって、それが大きな財産になったことは間違いない。彼女はデビュー2作目にして、精神的にも肉体的にもあまりにも過酷な役柄を、全身全霊で演じ切る。イ・チャンドンも、彼女に対する賞賛を隠さない。


 「 彼女が『オアシス』で演じた役は、表現することが非常に難しい役だったと思う。 彼女にとって肉体的に非常に困難な役だったから、撮影現場にはいつもマッサージ師がいて、体を動かしていた。(中略)ムン・ソリがこの役を演じるのを見ているだけでも、かなり深刻で陰鬱な状況だったよ。もちろん、私は雰囲気を明るくしようと努めたが、あれほど陰鬱なものを撮影していると、俳優たちと気軽に笑ったり冗談を言ったりすることはできなかった」(*3)





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