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『オアシス』境界線を越境するラブストーリー

(C) 2002 Cineclick Asia All Rights Reserved.

『オアシス』境界線を越境するラブストーリー

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鈴鳥の求愛行動



 コンジュの部屋には、小象や踊り子や少年の姿が編み込まれた、オアシスのタペストリーが掛けてある。砂漠で彷徨う旅人たちの、渇きを癒してくれる場所。社会から隔絶されたコンジュの、心の安らぎを与えてくれる場所。いつか辿り着きたいと願い、決して辿り着けないと感じている場所。だからこそ彼女は、部屋の片隅で手鏡を反射させ、白い鳥が飛び回る<空想の空間>を創り出す。コンジュが「木の影が怖い」と言ったのは、そのオアシス=<空想の空間>を覆い隠すように、<現実の空間>が侵食したからだろう。


 兄夫婦は彼女をひとり置き去りにして、障害者家族用の公営マンションに移り住んでいた。古びたアパートの一室に、誰も訪れることはない。コンジュはそこに現実との境界線を引いて、空想の世界に佇んでいる。だがそこにジョンドゥという闖入者が現れ、易々と境界を突破してしまう。「実は俺、君に気があって付き合いたいと思ってきた」という言葉を吐いて。


 彼は、自分と他者を隔てる境界を作らない。それゆえに疎まれ、避けられていることを(多分)知りながら。実の兄弟からは、「あんな奴は隔離すべきです」という言葉も投げかけられている。それでもジョンドゥは、他者のパーソナルスペースに土足でズカズカと入り込む。コンジュのパーソナルスペースにも入り込む。それは彼女にとって、おそらく初めての体験だった。


 「スリスリ マハスリ ススリ サバハ…」。コンジュが怖がっている木の影を消してみせると、ジョンドゥが珍妙な呪文を呟いた瞬間、彼女の心の中の境界線がふっと消え失せる。タペストリーに描かれていた小象、踊り子、少年がコンジュの部屋へと飛び出し、二人の恋を祝福する。恋する二人は手を取り合って、外の世界へと飛び出して行く。アパートの一室のみに張られていた<空想の空間>が、ジョンドゥの導きによって拡張され、<現実の空間>と交錯する。社会の片隅で生きてきた二人が、それでもしっかりと社会と対峙する。厳しい現実を見つめる眼差しがあるからこそ、時折インサートされるファンタジーが一際輝く。



『オアシス 4Kレストア』(C) 2002 Cineclick Asia All Rights Reserved.


 印象的なシーンがある。ジョンドゥの母親の誕生パーティーに、彼はコンジュを連れて行く。その時なぜか彼は、なんの脈絡もなく鈴鳥の話を始めるのだ。


 「昔、うちの裏山に“鈴鳥”がいただろ?スズメだと思ってたら父さんが鈴鳥だって。父さんの話では、鈴鳥がなんで鈴鳥かというと、首に鈴を付けているからだって」


 オスの鈴鳥は、耳をつんざくほど大きな鳴き声でメスに求愛することで知られている。周りからは迷惑極まりないが、そんなことはお構いなし。オスは真っ直ぐな気持ちを爆音で伝えるのだ。それは、ジョンドゥとコンジュ、そして二人を取り巻く環境をそのままなぞったものと言える。ひょっとしたら、映画の序盤でコンジュの部屋を飛び回っていた白い鳥は、鈴鳥だったのかもしれない。だとするならば、ジョンドゥは最初からコンジュにとって運命の人だったのだろう。


 『オアシス』は、境界線を越境するラブストーリーである。それは決して特別なことではない。二人が紡ぐ愛の特殊性ではなく、その普遍性に、我々はただただ圧倒されるのみだ。



(*1)http://m.cine21.com/news/view/?mag_id=5857

(*2)、(*3)https://asianmoviepulse.com/2019/04/interview-with-moon-so-ri-lee-chang-dong-was-hard-almost-sadistic-at-times-but-he-taught-me-to-take-the-plunge/



文:竹島ルイ

ヒットガールに蹴られたい、ポップカルチャー系ライター。WEBマガジン「POP MASTER」主宰。



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作品情報を見る



『オアシス 4Kレストア』

「イ・チャンドン レトロスペクティヴ4K」

8月25日(金)ヒューマントラストシネマ有楽町他にて全国順次公開 ※一部劇場では2K上映

配給:JAIHO

(C) 2002 Cineclick Asia All Rights Reserved.

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