『あなたの顔の前に』あらすじ
長いアメリカ暮らしから突然、妹ジョンオクの元を訪ねて韓国へ帰国した元女優のサンオク。母親が亡くなって以来、久しぶりに家族と再会を果たすが、帰国の理由を妹には明らかにしない。彼女に出演オファーを申し出る映画監督との約束を控えていたが、その内面には深い葛藤が渦巻いていた。サンオクはなぜ自分が捨てたはずの母国に戻り、思い出の地を訪ね歩くのか?捨て去った過去や後悔と向き合いながら、かけがえのない心のよりどころを見出していく、たった一日の出来事が描かれていく。
Index
追いかけるイメージ、逃げ去るイメージ
「私の顔の前にある全ては神の恵みです。明日はありません。過去もなく明日もなく、今この瞬間だけが天国なのです。天国になりえます」
イメージを追いかけ、イメージに逃げられる。ホン・サンスの映画は単純に撮られながら、単純さに至ることがない。たしかにホン・サンスの映画は、私たちのよく知っている何かと似ている。そして私たちがよく知っていたはずなのに、いつの間にか忘れてしまっていた感覚を思い出させてくれる。しかしホン・サンスが提示するイメージは、私たちが安心できるイメージから少しずつズレていく。よく知っていたはずのものが、次の瞬間にまったく違って見えてくる。イメージは、つかみかけた途端に手の平からするりするりと逃げていく。このどうしても手にすることができないイメージ自体が、映画という幻影とよく似ている。これまでヒロインを務めてきたキム・ミニは、ホン・サンスと共にこの感覚の正体を探求するパートナーでもある。
『あなたの顔の前に』(21)で、キム・ミニはプロダクション・マネージャーに回り、イ・ヘヨンがホン・サンスの創り出す小宇宙の中心にいる。イ・ヘヨンの演じるサンオクは、これまでのホン・サンス作品の登場人物よりも、目の前にある多くのことが見えているヒロイン、そして、多くのことを見ようとしているヒロインともいえる。サンオクは自分に残された時間が少ないことを知っている。
『あなたの顔の前に』© 2021 Jeonwonsa Film Co. All Rights Reserved
高層マンションの一室。サンオクは、ベッドで眠る妹のジョンオク(チョ・ユニ)を静かに見つめている。起き上がったジョンオクは、サンオクに「久しぶりね」と声をかける。夢から覚めたジョンオクが姉に「再会」の挨拶をするという、このファーストシーンの姉妹のやり取り自体が、どこか夢の続きであるかのようだ。正午が過ぎるまで夢の内容を話すことはできないと、ジョンオクは姉に告げる。
姉妹は朝食をとりに川沿いのカフェに向かう。二人はお互いの人生の歩みを何も知らなかったことを嘆き合う。サンオクは自分のことを積極的に語るタイプの女性ではない。快活で饒舌な妹の手助けによって、私たちはアメリカから帰ってきた彼女の秘密を断片的に知ることができる。このことは、サンオクという一人の女性の輪郭が、彼女の周りにいる人たちによって形作られていることを示している。誰かのかけがえのない個性とは、自分ではなく他者によって決められるものなのだろう。