主演の3人が背負っていたもの
Q:主演の若い3人(菊池日菜子さん、小野花梨さん、川床明日香さん)は長崎の原爆についての知識はあったのでしょうか。そこについて監督からお話しされたことはありましたか。
松本:3人とも当然知っていたとは思いますが、原爆に見舞われた人の気持ちを演じてくれと言われても、それをすぐできる人はいません。監督ができることとして、被爆した方の手記など当時のことを辿れる資料を提供しつつ、みんなで集まる時間を作り原爆のドキュメンタリーを鑑賞する機会を持ったりしました。それぞれがそれぞれの思いで役と向き合う中で、いろんなことを学び、感じていたと思います。
撮影が始まると役に感情移入することになるので、役とつながればつながるほど本人たちは辛そうでしたね。特にスミ役の菊池日菜子さんは、本当に辛そうでした。僕がこの作品をやることに責任を感じたように、彼女たちも同じようなものを背負っていたのだと思います。ここまで演じていただいて本当にありがたかったです。
Q:10代後半の少女たちが原爆という途轍もない出来事に直面した戸惑いや混乱が、強く伝わってきました。今の若い役者さんたちが演じたことにも深い意味を感じました。
松本:長崎はそこまで空襲が多かったわけでもなく、戦時中としては平穏な時間が比較的あったはずなんです。そんな中で、まだ17歳くらいの少女たちが突然あのような事態に直面することになった。もちろん当時と今の違いはありますが、10代という感覚にさほど大きな差はないと思います。
『長崎―閃光の影で―』©2025「長崎―閃光の影で―」製作委員会
Q:メインは若い俳優3人ですが、それを支えるベテランには豪華な布陣が揃いました。みなさん本作のテーマに共感してくださった上での出演だったかと想像しますが、戦争や原爆、当時の社会などについて出演者の皆さんと話すことはありましたか。
松本:今回の主題歌をプロデュース・ディレクションしてくだった福山雅治さんとは、撮影後に少しお話しましたが、それぞれの役者さんとは、当時のことについての話はしていません。というのも、僕は独特な方法で撮影しているので、そこの勝負の方が大きかったからなんです。
僕は役者さんが1回目に発露するものに惹かれているため、テストをやることはありません。段取りのときも相手を見ずに台本を棒読みで読んでもらい、それを繰り返しながら好きなように動いてもらいます。僕から動きをつけることはありません。それで何となく動きが決まると、そのままテストなしで1テイク目を撮影します。しかも長回しで撮ることが多いので、うまく撮れたらその1テイクで終わりという形をとっています。
また、役者さん同士のつながりが弱くなっていると感じたときは、お互いに4分間無言で見つめ合ってもらう時間を取ります。椅子を向かい合わせに並べて、そこに座って黙って4分間見つめ合う。それらは僕が勝手に考案した手法なので、それをベテランの役者さんにやっていただくときは、演出家としては勝負の時間になりますね。そういった演出に関することは役者さんと話しましたが、当時のことに関してあまり話はしませんでしたね。
Q:今回の撮影でも4分間向き合うことは行われたのでしょうか。
松本:やりました。例えば親子のシーンなどで、「はい、今日のお父さん役です。お母さん役です。娘役です」といきなりやってもうまくいくはずがない。見つめ合った方がもっと良いシーンになりそうだと思ったら、撮影をストップしてでも4分間見つめ合ってもらいます。役者さんによっては躊躇する方もいますが、絶対に得るものがあると思うんです。これまでの経験上、やった後に疑問を感じた方は1人もいませんね。