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『ブエノスアイレス』撮りながら方向性が変わっていく、ウォン・カーウァイのひとつの境地

© 1997, 2008 Block 2 Pictures Inc. All Rights Reserved.

『ブエノスアイレス』撮りながら方向性が変わっていく、ウォン・カーウァイのひとつの境地

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膨大に増えていく、使われなかったシーン



 いつものウォン・カーウァイ作品のように、『ブエノスアイレス』では撮影したフィルムの量は膨大となり、40万フィートに達した。時間でいえば、およそ4,000分。67時間もの長さである。当然のごとく、本編からカットされたシーンが大部分だ。


 撮影地のブエノスアイレスには、当時、大人気の歌手であったシャーリー・クァン(日本でも「徳永英明の妹」というキャッチフレーズでデビューしている)も呼ばれ、ファイの妻の役として参加したが、彼女のシーンはすべてカット。トニー・レオンはスペイン語やタンゴのダンスとともに、ボクシングのトレーニングを積んだものの、そのボクシングのシーンもまったく使われなかった。カーウァイは、あのディエゴ・マラドーナも撮影したそうだが、やはり完成作には登場していない。撮影期間中、レスリー・チャンが当初から予定されていたコンサートツアーでブエノスアイレスを離れる時期が来ると、チャン・チェンが呼ばれ、彼のパートが物語で大きくなっていった。



『ブエノスアイレス』© 1997, 2008 Block 2 Pictures Inc. All Rights Reserved.


 こうした舞台裏のいくつかは、2年後に作られたドキュメンタリー『ブエノスアイレス 摂氏零度』(日本では劇場未公開)で語られている。


 このウォン・カーウァイ独特の流動的な作りは、それ以前の『恋する惑星』や『天使の涙』(95)では、登場人物それぞれの運命が平行線のように思わぬ交わりをみせる、突発性として効果を発揮していたが、『ブエノスアイレス』では、むしろファイ一人の深い心情へと収斂していく。濃密な恋の関係を織りなすレスリー・チャンのウィンも、チャン・チェンが演じるチャンも、あくまでもファイの心を突き動かす「相手役」として機能する。さりげなく描かれ、最終的に重要なウェイトを占めるのもファイと父の関係だ。それゆえにカーウァイ作品の中でも、芯が揺るがない物語として受け止められるのだ。


 こうしたストーリー性では『花様年華』も優れているが、『ブエノスアイレス』は、即興性や流動性というカーウァイ作品の魅力を維持しながら、『花様年華』のようにスタイリッシュな印象とはかけ離れ、より泥くさく、人間の愛の感情に分け入っていき、それが成功したケースだと強く感じる。




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