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『欲望の翼』ここではない何処かへ――レスリー・チャン演じるヨディは、なぜ南の楽園を夢見るのか? ※注!映画のラストに触れています。

(c) 1990 East Asia Films Distribution Limited and eSun.com Limited. All Rights Reserved.

『欲望の翼』ここではない何処かへ――レスリー・チャン演じるヨディは、なぜ南の楽園を夢見るのか? ※注!映画のラストに触れています。

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※2018年2月記事掲載時の情報です。



『欲望の翼』あらすじ

1960年4月16日3時1分前、君は僕といた。この1分を忘れない。君とは“1分の友達”だ。」ヨディ(レスリー・チャン)はサッカー場の売り子スー(マギー・チャン)にそう話しかける。ふたりは恋仲となるも、ある日ヨディはスーのもとを去る。ヨディは実の母親を知らず、そのことが彼の心に影を落としていた。ナイトクラブのダンサー、ミミ(カリーナ・ラウ)と一夜を過ごすヨディ。部屋を出たミミはヨディの親友サブ(ジャッキー・チュン)と出くわし、サブはひと目で彼女に恋をする。スーはヨディのことが忘れられず夜ごと彼の部屋へと足を向け、夜間巡回中の警官タイド(アンディ・ラウ)はそんな彼女に想いを寄せる。60年代の香港を舞台に、ヨディを中心に交錯する若者たちのそれぞれの運命と恋──やがて彼らの醒めない夢は、目にもとまらぬスピードで加速する。


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忽然と消えた幻の九龍城砦のトニー・レオン出演パート



 2005年以降、日本での上映権が消失し、スクリーンで見ることが叶わなかったウォン・カーウァイ監督の『欲望の翼』(1990)。去る2月、東京・渋谷のBunkamura ル・シネマにてデジタルリマスター版として13年ぶりの上映が実現したところ、観客の足が途切れず、ロングランヒットとなっている。時間帯によっては、映画の終了後、観客から拍手が沸き上がるなど熱い反応を引き起こしているとか。


 日本における香港映画ブームを引き起こした一本であり、その懐かしさに引き寄せられた層に加え、今回、初めてこの伝説の映画に遭遇しにきた若いファンも目立つという。加えて多くの人が今は亡きスター、レスリー・チャンへの思いを秘めて、来館しているのではないだろうか。なぜなら『欲望の翼』はレスリーの最も美しい時を封じ込めた作品だから。


 さて、この映画を見たことがある人なら誰しも思うことだが、実にいびつなのである。なにが?そう、構成が。レスリー・チャン演じるヨディという青年と、彼を巡るスー(マギー・チャン)とミミ(カリーナ・ラウ)の恋の三角関係を描いたものだが、その主旋律の合間に、ミミに横恋慕するヨディの親友のエピソードや、ヨディに捨てられ、夜の街を彷徨するスーに寄り添う警察官のエピソードが挿入され、いわゆるロンド式の構成となっている。


 ところが、前出の5人の登場人物と全く関わりなく、ラストシーン、梅艶芳(アニタ・ムイ)の艶めかしい歌声「是這様的(One Day in Our Lives of...)」をBGMに、トニー・レオン演じるギャンブラーが、天井の狭い部屋の中で優雅に身支度をしている様子だけ映され、唐突に終わるのだ。


 物語に全く意味をもたない、摩訶不思議なインサートショット。だが、そこでのトニー・レオンの身支度の様があまりにもミステリアスかつ魅力的なので、ヨディが辿る物悲しい片思いの物語から、突如、香港という街の持つ猥雑で、危険で、ワクワクするような空間に観客の心はぽんと放り込まれる。そのため、映画は「FIN」と終わらず、まるで「to be continued…」とずっと続いていくような余韻を与えてくれるのだ。実際、ウォン・カーウァイはこのトニー・レオンが放出する余韻を後の『花様年華』や『2046』と言った作品で引き継いでいる。


 なぜ、こんな構成にしたのか。


 そこには諸説あり、真実と嘘が入り混じる。そもそもトニー・レオン演じるディラーは主要なキャラクターとして考えられていて、実際、ウォン・カーウァイは当時、香港で最も危ないエリアと言われた九龍城砦のアパートで何か月も撮影をしたという。そのフッテージの欠片は現在、YOUTUBEにあげられているが、それを見るに限り、ディラーの部屋にマギー・チャン演じる女性が階段を上って会いに行く場面があったり、狭い室内で二人が話をしたりするシチュエーションがあったようだ。


 トニー・レオンがいろんなインタビューで言うには、ウォン・カーウァイはトニーが役そのものになるのに何か月も待ち、何度も撮っては映像を没にし、ようやく回し始めて3か月ほど経って、役が自分と同化するのを感じたという。



『欲望の翼』© 1990 East Asia Films Distribution Limited and eSun.com Limited.  All Rights Reserved.


 また、出来上がった映画では、マギー演じるスーをそっと支える優しき警察官役だったアンディ・ラウだが、九龍城砦のパートではチンピラ風情の装いで、レスリーを殺しに行く場面がある。アンディもこの幻の九龍城砦パートにはいくつかのコメントを残していて、当時のウォン・カーウァイはワンショットワンテイクの長回しにこだわっていたため、そのタイミングの難しさでかなりのフィルムが無駄になったと証言している。加えて、当時の香港のラボは現像の技術にむらがあり、そこでダメになったフィルムもあるという。


 そもそも『欲望の翼』の原題は「阿飛正傳」といい、この「阿飛」とは不良を意味指す。同時にジェームス・ディーンの遺作でニコラス・レイの監督作『理由なき反抗』の香港公開時のローカルタイトルでもあった。ウォン・カーウァイは親の世代に反逆する若者の作品を撮ることを当初から考えていて、また1980年代後半の香港はヤクザ映画やギャング映画が大流行で、興行的にも一大ジャンルとなっていた。


 ただ、脚本家出身でもあるウォン・カーウァイとしてはそのブームに無邪気に乗る気はなく、時流とは違うオリジナルティを考えていた。九龍城砦という実際にかなり危険な場所を撮影の場所として選んだのは、他のフィルムメーカーと違った独自の色を狙ったためだろう。



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