不気味でおもしろい人間たち
そんな動物キャラクターの造形と対照的なのが、農場主をはじめとする人間たちである。ボギス、バンス、ビーンの3人の農場主はフォックス氏の敵役であり、彼の行動の動機でもある。それぞれの巨大な農場(養鶏場、ガチョウ飼育場、リンゴ園)がフォックス氏に盗みの興奮を思い出させてしまうのだ。
原作にあるようなクェンティン・ブレイクの素朴でかわいらしい挿絵のイメージとは打って変わり、人間たちもかなりリアルな顔つきをしているが、それでいながら頭身などがコミカルでおもしろい造形(3人の農場主はそれぞれ肥満、小柄、痩身というのが特徴)。なにより目を引くのは弾力を感じさせる皮膚の質感で、かわいさなど微塵も感じさせないシワや表情が彫られているせいもあって余計に生々しい。
フォックス氏はじめ動物たちが人間臭く描かれているのに対し、元から人間である農場主たちは原作の強欲ながら間の抜けた愛嬌あるイメージから、これでもかというくらいに醜悪で恐ろしく、人間らしい暗さを感じさせるキャラクターに脚色されている。もちろん人間たちの生活感のディテールも隅々まで見たくなるほど細かくて雰囲気もよく、農場主たちの衣装もこだわりを感じさせ、単に憎い敵というだけでは片付けられない品のようなものを感じさせるのも、ウェス作品らしい。
毛がフサフサの動物たちと、リアルな皮膚をした人間たちとの違いの際立ちもストーリーにマッチしているが、この両者のコントラストもまた、犬と人間の関係を描いた『犬ヶ島』へとそのまま生かされることになる(『犬ヶ島』ではさらに人間の頭髪も植毛になって質感がアップデートされている)。動物も人間もあまりキャラっぽくない造形がよくて、それはどこか自然なタッチで描かれたイラストレーションのようにも感じられ、その雰囲気は絵画のような映像によく合っている。
背景や小道具、場面、人形と彼らが身を包んでいる衣装と、どれを取っても魅力に溢れていて、小さなものに対する繊細な気遣いが、ウェス・アンダーソンとストップモーション・アニメの相性の良さを感じさせる。と同時に、実物を使った人形アニメならではの陰影が、温かみと鋭さを兼ね備えたロアルド・ダール文学との親和性の高さも教えてくれる。『ジャイアント・ピーチ』と『ファンタスティック Mr.FOX』はダール文学の映画化作品としてお気に入りの2本だ。
イラスト・文:川原瑞丸
1991年生まれ。イラストレーター。雑誌や書籍の装画・挿絵のほかに映画や本のイラストコラムなど。