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カルト映画の最高峰『ピンク・フラミンゴ』がフィルムに刻む、崇高なるお下劣さ

カルト映画の最高峰『ピンク・フラミンゴ』がフィルムに刻む、崇高なるお下劣さ

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壁を突き破ったところにある奇妙なまでの清々しさ



 だがこの映画を何度か見ていると、実に不可思議な思いがこみ上げる。最初に口をついて出る言葉は確かに「うげえ!」や「うへえ!」なのだが、あらかじめ「そういうものだ」という諦念で臨むと、突き破った皮膜の向こう側に底知れぬ面白さや楽しさ、仲間内でワイワイと映画を撮ることの喜びが垣間見えてくるではないか。


 次々と常識を超え、際どさが加速していく構成力や展開力にも目を見張るし、作り手は基本的にエンタテインメントであることを片時も忘れてはいない。決して社会や常識に媚びることなく我が道を突き進むディヴァイン様をはじめ、各キャラクターの描き方も思い切りがよくて秀逸だ。




 とりわけ、後半に炸裂する「世の中は正義か悪だけど、私がやることは常に正義よ!」というセリフが胸に突き刺さる。ここだけ切り取ると、随分と乱暴な言葉だなあと思うものの、ベトナム戦争をめぐってアメリカ国内が揺れ、ヒッピーカルチャーの台頭や公民権運動の激化、またそんな中で大学から弾き飛ばされるようにして、独自の映画作りを始めたウォーターズの心境を考えると、これぞまさに新たな時代の荒波を生き抜こうとする宣言文のように思えてくる。


 なおかつこれをディヴァインが威風堂々と唱えるからこそ強度は増す。『ピンク・フラミンゴ』を見ながら妙な清々しさを感じるのはそのせいかもしれない。


 そして、こんな映画をこしらえたジョン・ウォーターズゆえ、もはや失うものは何も無いってくらいに振り切れているのかと思いきや、本作の製作資金を貸してくれた父親に対して「頼むからこの映画だけは見ないで」とお願いする節度だけはわきまえていたようだ。


 どれだけ世間に対して挑発的でも、親の前では態度がまるで違うところに人間らしさを感じる。ウォーターズが広く愛される理由はこんなところにもあるのかも。



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