2017.12.08
現在の映画としての、いくつかのアレンジ
そして、じつに43年ぶりに映画『オリエント急行殺人事件』は再生された。監督とエルキュール・ポアロ役を兼任したのは、ケネス・ブラナーだ。名作を現代に復活させるにあたり、小説、1974年の映画化作品から、それぞれどう変化させたのか。いくつか大きなアレンジがなされた。
まずオープニングである。今回のブラナー版は、エルサレムで教会の遺物が盗まれ、ポアロがその犯人を突き止めるという、原作には存在しないプロローグが挿入される。ここでポアロがいかに名探偵なのかを、観客に提示するのだ。クリスティー作品の大作映画がしばらく途絶えていたこともあって、ポアロのキャラクターを印象づける狙いがあったと思われる。
ここからは、たとえば、ルメット版でイングリッド・バーグマンが演じた宣教師、グレタ・オールソンの名前が、ピラール・エストラヴァドスに変更されるなど(演じたのがペネロペ・クルスだからか?)、細かいアレンジはあるものも、基本は原作にほぼ忠実に展開していく。
大きな変更は、オリエント急行が立ち往生する場所だ。小説やルメット版では大雪が線路を覆い、列車が身動きとれなくなる設定だった。今回は、大雪はもちろんだが、特大の雪崩が起こり、線路が不通になってしまう。しかも列車が停止するのはトンネルの手前で、山肌に沿った高架橋の上だ。列車の中だけで展開したルメット版と異なり、ポアロや他の人物が外に出るシーンが盛り込まれた。しかも山の斜面、橋梁などを取り入れた、ちょっとしたアクションも展開される。このあたりが現代の映画らしい。さらにトンネルも有効活用される。
エルキュール・ポアロの自慢の口髭は、このブラナー版でかなり大げさな印象だ。しかしクリスティー自身がポアロの口髭について「英国の男性の中で最も立派」と断言しており、これはあながち誇大表現ではない。また今回は、朝食の卵の微妙な大きさにこだわるなど、ポアロの偏執的な性格も要所で描かれる。ルメット版のアルバート・フィニーも口髭の手入れは念入りだったが、ブラナーのポアロは、より“面倒くさい”感じが出ている。このあたりも、キャラ設定を際立たせる現代の映画らしい。
『オリエント急行殺人事件』© 2017Twentieth Century Fox Film Corporation
ジョニー・デップ、ミシェル・ファイファー、ペネロペ・クルスにジュディ・デンチ、デイジー・リドリー、さらに世界的人気のバレエダンサー、セルゲイ・ポルーニンなど、オールスターキャストという鉄則は守りながらも、いかに現代の観客にアピールする作品にすべきか。その苦心を感じながら観ることで、すでにストーリーを詳しく知っている人も新たな発見をしながら、ポアロの謎解きの旅に同行できるのではないだろうか。
文: 斉藤博昭
1997年にフリーとなり、映画誌、劇場パンフレット、映画サイトなどさまざまな媒体に映画レビュー、インタビュー記事を寄稿。Yahoo!ニュースでコラムを随時更新中。スターチャンネルの番組「GO!シアター」では最新公開作品を紹介。
配給:20世紀フォックス映画
© 2017Twentieth Century Fox Film Corporation