2018.02.28
“違いを超える”ことで生まれた共同執筆脚本
最終的に改稿を重ねること10回以上。アパトーとのやりとりは実に3年に及んだと言われる。だが、彼らが直面した本当の難しさは、アパトーの要求に応えることよりも、むしろ二人の共同執筆そのものだったのかもしれない。いくら夫婦とはいえ、感じ方はそれぞれ違う。同一の体験でも二者の見方は全く違っていたり、受け止め方が正反対ということもありうるのだ。とりわけ本作ではエミリーが昏睡状態に陥っている時間が長く、その間に何が起こっていたのかという点で見解の不一致が起こることは多かったはず。衝突もあっただろう。執筆が停滞することもあっただろう。
だがそんな時、二人は“お互いの不一致”を率直に認め合った。その上で、各々の思いに固執することなく、映画そのものを面白くするにはどうすべきかを最優先に作業を進めていったという。こうやって一つ一つの事柄に折り合いをつけながら、軽やかに“違い”を飛び越える・・・。ん?これってどこかで聞いた言葉ではないか。つまり、彼らの共同執筆もまた、本作のストーリーと同じく、“違いを超える”ことで生まれたものなのだ。
かつて様々な困難を克服した彼と彼女は、今度は脚本の共同執筆というさらなる高い山に挑戦し、映画の完成という形で見事にやり遂げることができた。――――かくも本作には映画作品と脚本執筆作業という彼らの二本分の物語が、ぎっしりと詰まっているわけである。
敏腕の脚本家が小綺麗にまとめたのとはわけが違う。どんな些細なセリフにも彼らのリアルな息遣いが宿っている。あらゆる登場人物のことが好きで好きでたまらなくなる。脚本の右も左もわからぬ当事者たちが苦難を乗り越えて作品を手がけたからこそ、こんなに風変わりで、おかしくって、温かく、愛に満ちた傑作が生まれた。これこそが最大のリアル。脚本賞にノミネートされた理由もここにギュッと凝縮されているのではないだろうか。
参考)
NEW YOKER https://www.newyorker.com/magazine/2017/05/08/kumail-nanjianis-culture-clash-comedy
1977年、長崎出身。3歳の頃、父親と『スーパーマンⅡ』を観たのをきっかけに映画の魅力に取り憑かれる。明治大学を卒業後、映画放送専門チャンネル勤務を経て、映画ライターへ転身。現在、映画.com、EYESCREAM、リアルサウンド映画部などで執筆する他、マスコミ用プレスや劇場用プログラムへの寄稿も行っている。
ビッグ・シック ぼくたちの大いなる目ざめ
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2/23(金)TOHOシネマズ 日本橋ほか全国順次ロードショー
※2018年2月記事掲載時の情報です。