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『ハイドリヒを撃て! 「ナチの野獣」暗殺作戦』ナチス・ドイツ史上、最も異色の事件「エンスラポイド作戦」を描いてきた映画の系譜
2017.08.19
戦時中に作られた反ナチ映画の金字塔『死刑執行人もまた死す』
まずは名匠フリッツ・ラング監督の『死刑執行人もまた死す』。1943年にハリウッドで制作されたもので、なんと事件の翌年。当然、まだ戦時中だ。つまりは反ナチスのプロパガンダ(政治宣伝)として企画された戦意昂揚映画であり、ナチスの圧力に屈しないチェコのレジスタンスの英雄行為を熱く讃えるものになっている。
序盤から登場するハイドリヒは、見るからにわかりやすく「悪」を体現したエキセントリックなキャラクター。まもなく「エンスラポイド作戦」が起き、暗殺を実行したレジスタンスの男(普段は町医者として暮らしている)が、元革命家の高名な大学教授の家に逃げ込む。起点は事件がベースだが、その後のお話はフィクションだ。果たしてゲシュタポの目を逃れることができるか? というサスペンスが繰り広げられる中、当初は世間知らずのお嬢様だった教授の美しい娘が、暗殺犯を匿って共に行動を重ねるうち、闘いの自覚が芽生えていくというストーリー仕立てになっている。
政治的には、たとえ犠牲が出ても命がけで闘い抜くべし――といった急進的な姿勢を推し出しているものの、巧妙なミステリー展開に絶妙なユーモアも交えられ、とにかく映画として面白い。そして「ノー・サレンダー」(我らは屈せず)という主張が生々しくパワフルに迫ってくる。明らかに単なるプロパガンダの域を超えた出来映えなのだ。戦時中に作られた反ナチ映画としては、『チャップリンの独裁者』(1940年/監督:チャールズ・チャップリン)や『生きるべきか死ぬべきか』(1942年/監督:エルンスト・ルビッチ)と並ぶ金字塔と言えるだろう。
これは監督のフリッツ・ラング自身が、ナチス・ドイツからの亡命者であったことが大きい。オーストリアのウィーンで生まれた彼は、母方がユダヤ系のためナチスの台頭と共にパリへ移り、そこからハリウッドに招かれた。つまり彼の私的な心情と、すでにドイツの映画界で『メトロポリス』(1926年)や『M』(1931年)といった名作をモノにしてきた高度な技術が、『死刑執行人もまた死す』には両方込められているわけだ。
原案にはやはり亡命者であったドイツの劇作家・詩人、『三文オペラ』などのベルトルト・ブレヒトが加わり、倒叙形式(最初から犯人がわかっている手法)を活用したアクロバティックな作劇も利いている。そこを詳しく書くとネタバレになってしまうので、タイトルは「死刑執行人~」より、「売国奴もまた死す」の方がふさわしいのではないか?とだけ記しておこう。