※本記事はラストシーンに言及しているため、映画をご覧になってから読むことをお勧めします。
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60年代に衝撃的だった理由
始まりは、後に脚本家、また監督として活躍することになるデヴィッド・ニューマンとロバート・ベントンが、雑誌"エスクァイア"で編集者をしていた頃。2人は1930年代前半にアメリカの中西部で銀行強盗や殺人を繰り返していた実在のギャング、クライド・バロウとボニー・パーカーに関する本に深い感銘を受け、それを基に脚本を執筆する。1960年代初頭のことだ。完成した脚本は監督のアーサー・ペンに送られるが、すでに彼は『逃亡地帯』(66)の撮影に取りかかっていたために一旦は断念。しかし、メガホンは再び彼の手元に帰ってくる。製作と主演の立場で作品を牽引することになるウォーレン・ベイティから改めて依頼が届いたためだ。
これが、アメリカの映画史を塗り替えた『俺たちに明日はない』(67)製作のプロローグである。犯罪を繰り返し、血みどろになりながらも愛をまっとうしようとしたボニーとクライドの半生。それまでのハリウッド映画が単なる悪役として描いてきたアウトローを主人公に据え、彼らにもひとかけらの人間味を含ませた点は、非常に画期的だった。
また、本作は拳銃で撃たれた人間が流血し、絶命するまでをカット処理なしで撮影した最初の映画として記録される。映画の中盤で、車のドアにへばり付く銀行員を、クライドが銃で撃ち殺すシーンがそれだ。さらに、オーラルセックスや性的不能を示唆する演出も、1960年代にはけっこう衝撃的だっただろう。こうして、あらゆるタブーに挑戦し、映画の技法に革新をもたらした作品は、"アメリカン・ニューシネマ"または"ニュー・ハリウッド時代"の先駆けとなり、長く語り継がれることになる。