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『俺たちに明日はない』60年代に衝撃を与えた、革新的なアメリカン・ニューシネマ

『俺たちに明日はない』60年代に衝撃を与えた、革新的なアメリカン・ニューシネマ

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配給のワーナーも多くの批評家も冷たかった



 しかし、映画を配給した当時のワーナー・ブラザースの社長、ジャック・L・ワーナーは作品を評価せず、テキサスのドライブイン・シアターでプレミアを行い、その後、2番館で一般公開するというとんでもない計画を立てていた。すでに業界内部で絶賛の声が上がっていたにも関わらずだ。そこで、ベイティは苦肉の策としてモントリオール映画祭に作品を出品。上映後、14回のカーテンコールとスタンディング・オベーションで迎えられ、それでも尚、自分たちの計画を推し進めようとしていた経営陣に引導を渡す。


 実を言うと、メディアの反応も当初は冷たかった。中でも、"ニューヨーク・タイムズ"でレビューを執筆していたボズレー・クラウザーは、辛口の記事をご丁寧にも3度も寄稿。それに引っ張られるように他メディアも追随する中、"ザ・ニューヨーカー"のポーリン・ケールや、後にアメリカを代表する映画評論家となるロジャー・エバートは作品を絶賛する。特にエバートは、試写後実に6ヶ月間に渡って誌面で作品をフォロー。「生涯に出会った最初のマスターピース」と断言するほどの熱の入れようだった。彼らには、新しいもの、優れたものをいち早く見分ける才能と勇気があったのである。批評家はこうありたいものだ。




 監督のペンは、次々と繰り出されるバイオレンスシーンに、かつてサイレント時代に一世を風靡したスラップスティック・コメディの草分けと言われるコメディグループ"キーストン・コップス"のドタバタのセンスを持ち込んだ。こうすることで、観客は暴力の残酷さにショックを受けながらも、テンポのある展開に心地よく引き摺られていくという不思議な感覚を味わうことになる。ペンはまた、流血シーンの合間にポエティックな場面を挿入して情緒を促すことも忘れていない。逃走中に訪れた家族から拒絶され、泣きながら枯れたとうもろこし畑を歩くボニーをクライドが抱きしめる場面だ。



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